公判前整理手続における争点整理、主張の変更、事実認定に関する説示を含む裁判例
①大阪高裁H25.3.13:
②東京高裁H28.4.20:
◆①事件:
被告人が、以前から確執があった隣人に対し、殺意をもって、木槌でその頭部を殴り、頭蓋骨陥没骨折等の傷害を負わせたという殺人未遂の事案
<争点>
①殺意の有無
②過剰防衛の成否
<一審>
殺意を認定し過剰防衛の成立を否定
被告人の公判供述の信用性を否定
←
被告人は、公判前整理手続の段階では、本件木槌を振り降ろしたと主張していたと認められるのであって、本件木槌の振り方について、明らかにその主張等を変遷させている。(「本件説示」)
<判断>
公判前整理手続における1審弁護人の主張を被告人の主張が変遷したことを示す証拠として用いた1審裁判所の措置は、違法ないし著しく相当性を欠く
but
被告人の一審公判供述は、被害者の頭部の挫創や骨折の状況とそぐわないなど、客観的な証拠に反する⇒客観的な証拠に反するものであって、公判前整理手続における主張からの変遷の有無を取り上げるまでもなく、到底信用できない
⇒1審裁判所の訴訟手続に、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるとはいえない。
<解説>
×A:刑訴法316条の31の「公判前整理手続の結果」については、弁論の全趣旨または裁判所に顕著な事実としての一部として、補強証拠となり得る。
vs.
①裁判員にとって顕著ではない「弁論の全趣旨または裁判所に顕著な事実という例外的な概念」を用いて、主張や供述の信用性を判断するのは、裁判員制度が導入された今日、望ましいことではない。
②この見解を採ると、公判前整理手続において、具体的な主張を明らかにすることを渋ることにもなりかねない。
③検察官としては、弁論の全趣旨等の例外的な概念を用いるのではなく、必要があれば、被告人自身に対し、変遷する理由を端的にただし、被告人供述の信用性を争えば足りる。
弁護人の立場から:
弁護人が特定の主張を撤回すると、被告人質問等で特定の主張が撤回された事実をあたかも自己矛盾供述であるかのような反対尋問をする検察官がいることの指摘。
司法研究報告書:
予定主張は、弁護人が法律家の観点から明示しているものであって、被告人の供述と連動しているわけではなく、被告人の供述の信用性を弾劾する事情にはなり得ない。
刑訴法316条の31の「公判前整理手続の結果」には、刑訴法316条の24にいう「事件の争点及び証拠の成立の結果」とは異なり、
①争点及び証拠の成立の結果だけでなく、
②整理の過程も含まれるとされているが、
ほとんどの場合は、①のみを検出すれば足りるであろう。
◆②事件:
被告人が、同棲相手が借りていたマンションの居室内で、床の上に置かれた衣類にライターで点火して火を放ち、その火を同室の床等に燃え移らせて、同室を焼損しようとしたが、通報によって臨場した警察官が消化したため、床面の一部をくん焼したにとどまったとされる現住建造物等放火未遂の事案。
<争点>
被告人がライターで衣類に火をつけたか否か
<主張>
一審の公判前整理手続における争点整理の結果では、もっぱらたばこの火により本件火災が発生した客観的可能性があるか否かが争点とされており、
①「本件火災当時の被告人の言動」は全く争点とされなかった
②本件フィルターの発見場所に関する事実は、争点整理の結果に記載されておらず、公判整理手続において、検察官も主張しなかった事実であり、
③本件フィルターには火を消すためにつぶしたような跡があるとの形状の特徴に関する事実は、争点整理の結果に記載されていないだけでなく、検察官が公判前整理手続のみならず、公判における冒頭陳述、論告においても主張していなかった事実
⇒
これらの事実の認定は、被告人にとって完全な不意打ち認定であり、被告人の防御権を不当に侵害するものであり、訴訟指揮権(刑訴法294条)の裁量を逸脱し、弁護人が証拠の証明力を争う機会を奪い(刑訴法308条)、証拠裁判主義(刑訴法317条)にも違反
⇒訴訟手続の法令違反がある。
①~③の事実は、一審判決が有罪認定をする上で重要な役割を果たした事実
⇒一審がこれらの事実を認定する以上、この点を争点として顕在化して当事者双方の主張立証を尽くさせるための釈明義務があり、
③の事実は、検察官が請求した証拠から認定できる事実で、弁護人の主張の根幹にかかわりながら、論告で全く言及されていない事態が生じた場合には、裁判所は審理の段階にかかわらず、当事者に証拠の趣旨の釈明を求め、必要に応じて補充立証を促すなどの義務がある
一審は、釈明義務違反がある。
<判断>
①の主張について:
公判前整理手続の経緯⇒裁判所は、本件火災の出火原因に関する当事者双方の主張が鋭く対立し、それが本件の主要な争点となっていたことから、その主張の対立点を分かりやすく整理するため、本件の争点のうち、特に火災の出火原因に関する当事者の主張を取り上げ、主張整理案を示したにすぎず、主張整理案に挙げられていない事実については、これを争点としない趣旨で提示した訳でないことが明らかである。
②の主張について:
公判前整理手続の目的な明確な審理計画を策定することにあり、そのためには、当該事件の審理のポイントが分かればよい⇒検察官の提出すべき証明予定事実記載書には、犯罪事実の存否及び量刑判断に必要不可欠なものを記載すればよく、それ以上に詳細なものは不要なだけでなく、むしろ弊害の方が大きい。
検察官請求証拠の内容や立証の詳細については、検察官から開示を受けた請求証拠や類型証拠を検討することによって知ることができる⇒これにより防御権の行使にも何ら支障は生じない。
③の主張について:
裁判所が、証拠調べの結果明らかとなった本件フィルターの形状から、どのような事実を推認するかは、裁判所の自由心証の問題。
原審弁護人は、本件フィルターについて十分防御の機会が与えられており、また、その形状からどのような事実を推認できるかは、弁護人として当然検討すべき事柄⇒検察官が冒頭陳述や論告で触れていないとしても、裁判所が補充立証を促すなどの措置を取る必要はなく、それにより弁護人の反証の機会を奪うことにもならない。
判例時報2462
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