単独犯と(共謀)共同正犯の択一的認定
①東京高裁H30.11.15
②東京高裁H31.2.8
<①事件>
【事案】
主位的訴因:
被告人が、被害者方において、被害者に対し、その頭部、顔面等を多数回殴ったり蹴ったりするなどの暴行を加え、被害者に筋挫滅による急性腎不全等の傷害を負わせ、被害者を死亡させたが、
犯行当時被告人は飲酒による複雑酩酊のため心神耗弱状態にあった。
原審の公判段階において、前記事実に
「単独で又はP1と共謀の上」との文言を付加した単独犯と共同正犯の択一的訴因が予備的に追加された。
【主張】
弁護人:
P1やその他の第三者による犯行の可能性があり、また、被告人がP1(被告人とともに被害者方を訪れていた女性)との間で被害者に対する暴行について共謀した事実はない
⇒被告人の無罪を主張した。
【原審】
P1が被害者に対する暴行の一部を加えた可能性が否定できない⇒単独犯の主位的訴因を排斥。
but
被害者に対して暴行を加えた可能性があるのは被告人だけであり、仮にP1が暴行の一部を行ったとしても、その暴行は被告人との共謀に基づくもの
⇒予備的素因のとおり、単独犯と共同正犯の択一的認定による傷害致死罪の成立を認め、被告人を懲役5年にした。
【判断】
事実誤認の主張に関して、弁護人の論旨に対する判断に先立ち、原判決のような単独犯と共同正犯の択一的認定がそもそも許されるのかについて検討し、
被告人が単独で暴行を加えたとの事実が証明されていないのに、択一的にせよ同事実を認定するのは、証明されていない事実を認定することに帰するのであって許されない。
⇒
原判決には、この点において事実の誤認がある。
but
被害者に対する暴行について被告人とP1との間の共謀を認めた原判決の認定に誤りがなければ、傷害致死罪の共同正犯の事実を認定することができ、前記の事実誤認は判決に影響を及ぼさないと解する余地もある。
⇒
被告人とP1との共謀の成否に係る論旨についても検討し、共謀の成立を認めた点でも原判決には事実の誤認がある。
⇒
原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるとしてこれを破棄し、
同時傷害の特例である刑法207条の適用の可否を含めた事実関係及び量刑について更に審理、評議を尽くすため、事件を原裁判所に差し戻した。
<②事件>
【事案】
主位的訴因:
被告人が、被害者を殺害して同人に対する債務の返済を免れようと考え、手段不明の方法により同人を窒息させて殺害し、前記債務の返済を免れて財産上不法の利益を得て、同人の死体を隠匿、運搬した上、土中に埋めて遺棄した。
原審は訴因変更を促し、
検察官は、強盗殺人と死体遺棄の各公訴事実について、
「単独で又は氏名不詳者と共謀の上」との文言を付加した予備的訴因の追加的変更を請求。
弁護人:訴因変更を許可すべきではないとの意見
but
原審裁判所は両公訴事実について検察官の訴因変更請求を許可。
弁護人:
前記予備的訴因にいう氏名不詳者とは原審弁護人が犯人と主張する人物を指すのか、共謀成立時期はいつか、強盗殺人の実行行為者は誰かについて、検察官に対する求釈明を申し立てた
but
原審裁判所はこれに応じなかった。
弁護人:
同期日の後、予備的素因に関する補充立証の必要が生じたなどとして弁論の再開を請求したが、原審裁判所はこれを却下し、判決を宣告。
【原審】
強盗殺人と死体遺棄のいずれの訴因についても、被告人が「単独で又は氏名不詳者と共謀の上」で犯行を行ったと認定するとともに、強盗殺人については殺意及び強取の意思が認めらない
⇒傷害致死の限度で犯罪が成立するとして、懲役10年。
【判断】
証拠調べが終了し結審するまで、共犯者の存在を前提とした主張立証はされていなかった⇒原審弁護人による求釈明は弁護人の防御にとって極めて重要なもの。
but
原審裁判所がこれに応じなかったばかりか、
弁論再開請求にも応じず、
被告人が他の誰とも共謀していないという弁護人の立証も許さなかった
⇒
弁護人の反証の機会を事実上奪うもので極めて不当。
「氏名不詳者と共謀の上」という訴因が、具体的な第三者を想定したものでない⇒このような訴因では弁護人から防御のしようがないのであり、本件予備的訴因は特定性に欠ける不明確なものというほかなく、違法。
原審裁判所が原審検察官に対して「単独で又は氏名不詳者と共謀の上」との予備的訴因の追加を促した訴訟指揮、
この促しに応じて行われた訴因変更請求になされた許可決定、
予備的訴因に対する原審弁護人の求釈明の申立てに応じなかった訴訟指揮、
原審弁護人の弁論再開請求を却下した決定は
いずれも違法であり、これらの訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことも明らか
⇒原判決を破棄し、事件を原裁判所に差し戻した。
単独犯と共同正犯の択一的認定の可否ににも言及し、
被告人が単独で実行行為のすべてを行ったとの事実が証明されておらず、また、被告人が他者との共謀の上行ったとの事実についても証明がされていない場合は、いずれの証明もできていない
⇒
「単独犯又は共謀の上」という択一的認定の形をとっても、被告人にすべての実行行為の責任を負わせることはできないと解すべき。
原審裁判所が、共犯者が存在する抽象的可能性があると単独犯であることに合理的な疑いが生じると理解しているのであれば、そのような理解は誤り。
<解説>
単独犯と共同正犯の択一的認定の可否に関して、
A:東京高裁H4.10.14:
単独犯と共同正犯の択一的認定が許される
B:札幌高裁H5.10.26:
共同正犯を認定すべき
C:東京高裁H10.6.8:
単独犯を認定すべき
~
いずれも、被告人が犯罪の実行行為をすべて行っており、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが充たされるが、他に共謀共同正犯者が存在する可能性があるという事例。
最高裁H21.7.21:
単独犯の訴因で起訴された被告人に共謀共同正犯者が存在するとしても、訴因どおりに犯罪事実を認定することが許される。
判例時報2455
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