父が母を殴ろうとしていると誤信した少年による父殺害の事案・行為の個数の判断
横浜地裁H31.2.19
<事案>
事件当時18歳1か月の少年で、
父が母を殴ろうとしていると誤信して、
胸部を包丁で突き刺し(=殺人罪で誤想過剰防衛)、
倒れて動くなった父の後頭部を突き刺した(=殺人未遂)。
父は失血により死亡したが、失血の起因となったのは胸部刺創に基づく損傷。
<判断・解説>
●防衛行為についての判断
録音データには、被告人が父母の間に割って入ったことに対する父母の反応や、母親が暴行を受けたことを窺わせる発言がない
⇒父親が母親の身体をつかんで揺さぶった事実はなく、身体の近くまで接近したものの口論が続いていたにとどまり、母親の身体について急迫不正の侵害はなかった。
but
母親が大声で父親に反発するのはこの日が初めてで、被告人にとって本件当夜の父母の状況は以前と全く異なり、母親が父親から殴られるなどの危害が差し迫っていると誤信したもの。
凶器を持っていない父親に対して包丁を示して警告・威嚇をせずにいきなり胸部を刺突した点で、防衛の程度を超えたもの。
父親は胸部を刺された後は、もはや母親や被告人に対して新たな攻撃を加えることは不可能⇒急迫不正の侵害はなく、これを誤信する状況でもなかった。
⇒
更なる刺突は防衛の意思に基づくものではない⇒第2暴行については、過剰防衛も誤想過剰防衛も成立しない。
●行為の個数
最高裁の判例
①屋根鋏を持った相手に追い詰められた⇒鉈をつかんで頭部を切り付け、屋根鋏を落として横倒れになった相手の頭部をなたで切り付けた
~
第1暴行は正当防衛であるとしても、これによって相手の侵害的態様が崩れた後なお追撃手行為に出た場合は、全体として過剰防衛が成立。
②相手から鉄パイプで殴打⇒これを取り上げて殴打⇒取り戻されて殴打されそうになり、逃げだした⇒追いかけてきた相手が勢い余って踊り場の手すりから上半身を乗り出した姿勢⇒足を持ち上げて転落させた
~
第2暴行時において相手の攻撃力は減弱していたものの、態勢を立て直して再度の攻撃に及ぶことが可能⇒急迫不正の侵害は継続⇒第1暴行を含む一連の暴行は全体として過剰防衛
①②は、一連の動作を1個の行為として捉えていた。
③相手が円柱形の灰皿を投げつけてきた⇒その顔面を殴打して転倒させ相手方後頭部と地面に打ちつけて動かなくなった⇒腹部を踏みつけ
~
転倒した後は相手方が更なる侵害行為に出る可能性はなく、それを認識した上でもっぱら攻撃の意思で第2暴行に及んだ。
両暴行は時間的・場所的に連続しているが、相手の侵害の継続性と行為者の防衛の意思の有無の点で性質を異にしていて両者の間に断絶がある⇒これらを全体として考察すべきではない。
第1暴行は正当防衛
第2暴行は防衛行為に当たらず、傷害罪が成立。
④相手が折り畳み机を押し倒してきたので押し返し、倒れて反撃や抵抗が困難になった相手の顔面を殴打
~
これらの暴行は急迫不正の侵害に対する一連一体のもので、同一の防衛の意思に基づく1個の行為⇒全体的に考察して1個の傷害罪(過剰防衛)
③④は、相手の侵害の継続や防衛の意思の有無に着目して行為を捉えるべきことを示している。
本件:
第1暴行⇒相手が重篤な損傷を負い、その10秒後に第2暴行で、時間的には近接。
but
①うつ伏せに倒れた相手が新たな攻撃を加えることが不可能
②第2暴行は防衛意思に基づく行為とはいえない
⇒両暴行には断絶がある
~
第1暴行(胸部を突き刺す)について殺人既遂罪(誤想過剰防衛)
第2暴行(後頭部を突き刺す)について殺人未遂罪(防衛行為ではない)
第2暴行の殺人未遂罪は第1暴行の殺人既遂罪に吸収されるとした上で、護送過剰防衛として法律上の軽減をした。
●55条移送の検討
判断:改善更生のための教育の有効性には限界⇒保護処分を許容し得るものではない。
防衛行為が主張された事案で55条移送をした事例:
①19歳の少年が被害者から因縁をつけられ、口論するうちに、被害者が折り畳み傘の柄を伸ばしたことから、殴られるかもしれないが応戦しようと考えていた⇒いきなり後頭部を傘で殴打⇒振り向きざまに手拳で顔面を殴打して路上に転倒させて死亡させた
~
正当防衛・過剰防衛は成立しないが、被害者に落ち度があったことなを考慮⇒刑事処分よりも保護処分に付して更生を図るのが相当。
②16歳4か月の少年が、交際相手がカッターナイフで自傷するのをとめようとしてとっさに頚部を押さえつけた⇒くくりつけられていたタオルで頚部が絞まり、窒息死
~
過剰防衛又は過剰避難に当たるとした上で、保護処分相当。
判例時報2455
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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