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2020年10月27日 (火)

特殊詐欺の事案での詐欺罪の実行の着手が認められた事例

最高裁H30.3.22

<原審>
共犯者らが被害者に述べた文言は、被害者に対し財物の交付へ向けた準備行為を促すものではあるが、現金交付まで求めるものではない⇒その行為は、詐欺罪の人を欺く行為とはいえず、詐欺被害の現実的・具体的な危険を発生させる行為とも認められない⇒無罪

<判断>
本件事実関係の下においては、被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても、詐欺罪の実行の着手があったと認められる⇒原判決を破棄して控訴棄却の自判。

<解説>
● 本件において詐欺未遂罪が成立するか否かを判断するには、
理論的にみれば、
①本件嘘を述べた行為が刑法246条1項の構成要件である「人を欺く行為」に当たるかという刑法各論解釈上の問題と、
②本件嘘を述べた行為が人を欺く行為には該当しないと解されたとしても、実行の着手があったといえるかという刑法総論解釈上の問題
がある。
● 詐欺罪にいう「人を欺く行為」は、人による物・利益の交付行為に向けられたものでなければならない。

● 実行の着手:
A:基本的構成要件に該当する行為(実行行為)の開始が実行の着手(形式的客観説)
B:法益侵害の危険性を実質的に判断して実行の着手時期を定める実質的客観説
現在:形式的基準と実質的基準の両者の観点から実行の着手を検討することが通説的見解

財物交付要求文言のない本件嘘を述べる行為をもって、構成要件該当行為に密接で、法益侵害の客観的危険性が認められるといえるかを検討する必要。

● 本判決:
詐欺未遂罪の成立が認められるためには、必ずしも財物交付要求行為が必要ないことを明らかに。
詐欺未遂罪の成立する限界をどのように考えていくべきか?

本判決:
①本件嘘を述べた行為は、あらかじめ現金を被害者宅に移動させた上で、後に被害者宅を訪問して警察官を装って現金尾交付を求める予定であった被告人に、現金を交付させるための計画の一環として行われたもの
②本件嘘の内容が、被害者が現金を交付するか否かを判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであった
段階を踏んで嘘を重ねながら現金を交付させるための犯行計画の下において述べられた本件嘘には、被害者に現金の交付を求める行為に直接つながる嘘が含まれている
被害者に本件嘘を真実であると誤信させることは、被害者において、間もなく被害者方を訪問しようとしていた被告人の求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるものといえる

このような事実関係の下においては、本件嘘を一連のものとして被害者に対して述べた段階において、被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても、詐欺罪の実行の着手があったと認められる。

● 山口厚裁判官補足意見:
詐欺罪の実行行為である「人を欺く行為」が認められるためには、財物等を交付させる目的で、交付の判断の基礎となる重要な事項について欺くことが必要。
詐欺未遂罪はこのような「人を欺く行為」に着手すれば成立し得る。
but
そうでなければ成立し得ないわけではない。

最高裁H16.3.22:
犯罪の実行行為自体ではなくとも、実行行為に密接であって、被害を生じさせる客観的な危険性が認められる行為に着手することによっても未遂罪は成立し得る。

財物の交付を求める行為が行われていないということは、詐欺の実行行為である「人を欺く行為」自体への着手がいまで認められていないとはいえても、
詐欺未遂罪が成立しないということを必ずしも意味するものではない。

未遂罪の成否において問題となるのは、実行行為に「密接」で「客観的な危険性」が認められる行為への着手が認められるかであり、この判断に当たっては「密接」性と「客観的な危険性」とを、相互に関連させながらも、それらが重畳的に求められている趣旨を踏まえて検討することが必要。

得に重要なのは、無限定な未遂罪処罰を避け、処罰範囲を適切かつ明確に画定するという観点から、上記「密接」性を判断すること。
本件では、警察官になりすました被告人が被害者宅において現金の交付を求めることが計画され、その段階で詐欺の実行行為としての「人を欺く行為」がなされることが予定されているが、警察官の訪問を予告する上記2回目の電話によりいち、その行為に「密接」な行為が行われていると解することができる。
前日詐欺被害にあった被害者が本件の一連の嘘により欺かれて現金を交付する危険性は、上記2回目の電話により著しく高まったものと認められる。

判例時報2452

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