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2020年10月26日 (月)

刑法218条の不保護による保護責任者遺棄罪の事案で高裁判決を破棄して無罪とされた事案

最高裁H30.3.19

<事案>
乳児重症型先天性ミオパチーと診断されていた当時3歳の幼児Aを実母として監護していた当時19歳の被告人が、Aを共に監護していた夫(Aの養父)と共謀の上、Aの生存に必要な保護をせずに、低栄養に基づく衰弱により死亡させたとして起訴された保護責任者遺棄致死の事案。

<1審>
裁判員裁判で無罪

<原審>
有罪

<判断>
刑法218条の不保護による保護責任者遺棄罪の実行行為は、老年者、幼年者、身体障害者又は病者につきその生存のために特定の保護行為を必要とする状況(要保護状況)が存在することを前提として、その者の生存に必要な保護行為として行うことが刑法上期待される特定の行為をしなかったことを意味
・・・被告人を無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決は、第1審判決の評価が不合理であるとする説得的な論拠を示しているとはいい難く、第1審判決とは別の見方もあり得ることを示したことに留まっていて、第1審判決が論理則、経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものとはいえない⇒刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり、同法411条1号により破棄を免れない。
・・・第1審裁判所としては、検察官に対して、前記のような求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべきであり、更に進んで、検察官に対し、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すべき義務を有するものではない。

<規定>
刑法 第二一八条(保護責任者遺棄等)
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の懲役に処する。

<解説>
●刑法218条の不保護による保護責任者遺棄罪の実行行為
不保護による保護責任者遺棄罪を含む広義の遺棄罪は、抽象的危険犯とされ、その保護法益には生命のみならず身体も含まれる。

申請不作為犯である不保護罪の実行行為である不保護行為の解釈を的確に行わなければ処罰範囲が著しく広がってしまう

実質的危険性の判断が不可欠
刑法上の不作為は、何もしないことではなく、刑法上期待された行為をしないこと

一定の不作為が不保護行為(実行行為)に該当するか否かを判断する際には、
刑法218条の実体法解釈に基づき、
刑法上期待される行為として何をなすべきであったのかという義務の内容や、
その義務懈怠(不作為)の程度を検討する必要があり、
義務内容となるべき保護行為が具体的に特定されていなければ、それが刑法上期待される行為といえるかどうかを評価することができない。

刑法218条の文言や趣旨
⇒不保護罪が成立するためには、要扶助者につき、その生存のために一定の保護行為を必要とする要保護状況が存在していることが前提。

ある行為が刑法218条により期待される保護行為であるといえるためには、要扶助者の置かれた個々の状況に照らして、その行為を必要とする具体的な要保護状況が存在していることが当然の前提。

●第1審:
ミオパチーにり患している等のAの特性に関する前提知識がある者がAを見た場合にどのように認識され得るのかという観点からみる⇒Aの体格等の変化や痩せ方ぬい関する事実のみでは、被告人の弁解を排斥できず、Aが本件保護行為を必要とする状態にあったと認識していたと合理的疑いなく推認できない⇒被告人を無罪。

本判決:
1審判決に事実誤認があるとした原判決の判断について、
Aの体格等の変化や痩せ方の異常性の程度について被告人が誤解していた可能性を認める余地があるとした第1審判決の評価が不合理であるとするだけの説得的な論拠を示しているとはいい難い
「・・・・原判決の判断は、第1審判決とは別の見方もあり得ることを示したにとどまっていて」「第1審判決の判断が不合理であることを十分に示したものとはいえない」
⇒原判決には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法がある。

●訴因変更命令等の義務の有無について、
殺人罪の訴因から重過失致死罪に訴因変更すれば有罪であることが明らかな場合に、例外的に訴因変更を促し又はこれを命ずる義務がある(最高裁昭和43.11.26)
傷害致死被告事件において現場共謀から事前共謀の素因に変更することにより共謀共同正犯として罪責を問いうる余地があるとされた事案について、検察官の釈明状況など諸般の事情に照らし、訴因変更命令等の義務がないとした最高裁昭和58.9.6

本件は、公判整理手続を経た裁判員裁判の事例。
公判整理手続が導入された趣旨及び裁判員裁判において当事者が果たすべき訴訟上の責任

裁判所は、判断者に徹することが一層求められており、裁判所が検察官に対して訴訟上の求釈明義務を負うと解されるような場面自体が例外的なものとなっている現在の実務⇒訴因変更の勧告又は命令が裁判所に義務付けられるような事態はほとんど想定し難い。

判例時報2452

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