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2020年9月 9日 (水)

自らの意思で覚せい剤を摂取したと推認することはできない⇒覚せい剤使用について無罪、(検察官の)求釈明義務違反の主張を否定した事案。

仙台高裁H31.3.14

<事案>
被告人は、覚せい剤の共同所持で現行犯逮捕⇒逮捕の3日後に強制採尿の結果差押えられた被告人の尿から覚せい剤が検出⇒覚せい剤使用の罪で起訴

<経過>
公判当初:
覚せい剤が被告人の尿に混入されたか、すり替えられたという、捜査段階での問題を指摘。

最終陳述:
任意採尿を促されることなく、逮捕3日後になって強制採尿されたことに疑問が残るなどと被告人が述べた

原審は強制採尿に至る経緯等について追加の証拠調べをするとして職権で弁論を再開

警察官の証人尋問や被告人質問が行われ、2度目の最終陳述いおいて、被告人は、覚せい剤が溶けた水をそれと知らずに飲んだ可能性があると述べ、審理は終結

原審の陪席裁判官が検察官に電話をかけ、一定のやりとり

再度弁論が再開されたが、被告人質問等はなく、検察官は補充論告をし、弁護人の弁論、被告人の最終陳述を経て終結し、判決宣告期日に無罪を言い渡し。

原審の無罪の理由:
尿のすり替え、尿への覚せい剤への混入、逮捕後警察官による被告人の飲食物への覚せい剤の混入などの主張は排斥。
but
被告人が捜索差押えの際に飲んだペットボトルの水の中に覚せい剤が混入していた可能性は否定できない

<判断・解説>
●訴訟手続の法令違反について

検察官:
原審において、2度目の最終陳述で初めてなされた被告人の弁解について疑義があれば、裁判所には検察官に対し反論(追加立証)を促す義務がある⇒それをしなかったことが訴訟手続の法令違反。

当事者主義をとる現行刑訴法⇒当事者の主張・立証の不備に対し裁判所が後見的に釈明を求め、補充立証させる義務はない。
刑訴法294条(訴訟指揮権)、これを受けた刑訴規則208条(裁判所の釈明権)も、裁判所の権限であって義務ではない。
but
実務上、当事者が勘違いや法律解釈を誤っているのではないかと疑われる場合に、裁判所は釈明を求めることは決して珍しいことではない。

原審は、検察官に対し具体的な反論の検討を促している⇒検察官は、再開された公判期日で、追加立証はせず補充論告のみを希望⇒原審は検察官に十分に主張・立証の機会を与えたのであるから、それ以上に立証を促す義務はない。

●事実誤認について
◎ 覚せい剤使用の故意が争われることは多い。
but
被告人の尿から覚せい剤が検出されている場合は、使用の故意が認定されるのがほとんど。

通常の社会生活の過程で偶然の事情により人の体内に摂取されることは通常あり得ない⇒被告人の対内から覚せい剤が検出されれば、特段の事情のない限り、自己の意思で何らかの方法により覚せい剤を体内に摂取したものと合理的に推認できるという推認法則が実務上確立

◎ 「特段の事情」として、ペットボトルの中の水に覚せい剤が混入されていた可能性。
本来:検察官としては、水を飲んだ状況を明らかにし、そのような摂取の仕方であっても、尿から覚せい剤が検出されるものであるかを検討し、立証。
but
検察官は、追加立証をせずに、補充論告の中で経験則を用いて排斥できると主張

覚せい剤の溶けた水を飲めば、飲んだ者が何らかの異変を感じるとか、もし異変を感じなければ、覚せい剤が含まれていたとしてもその量は微量であり、3日後に採取された尿から覚せい剤が検出されることはないなどという経験則。
vs.
微量であれば、3日後の尿からは検出されないというのは本来鑑定事項

本判決:
原審検察官が経験則であるという事項が正しいかどうかは定かでないとして疑義を呈し、
検察官が立証の機会を与えられながらも、尿中の覚せい剤濃度等の立証を行わなかった上での証拠構造を踏まえ、
本件の事実関係の下では、検察官の主張は前提に失当であるとしたこと、すなわち、被告人の弁解を排斥できないとの結論において是認した。

● 検察官は、控訴審になって、被告人の尿中の覚せい剤濃度等に関する事実の取調べの請求をしたが、控訴審はこれを認めなかった。

原審で立証の機会を与えられていた⇒刑訴法382条の2第3項の「やむを得ない事由」がないとの判断
は当然。
のみならず、刑訴法393条1項本文により職権で取り調べる必要性も認められない。
←事後的に救済する必要はないとの判断。

● 尚、尿から覚せい剤が検出された被告人の弁解につき、弁護人がこの弁解と関係する者の証人調べを請求⇒必要性なしとして却下
~なすべき審理を尽くしたとはいえないとして、訴訟手続の法令違反、事実誤認を理由に破棄し、差し戻した事例(福岡高裁)。

判例時報2447

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