« 録音・録画記録媒体の実質証拠としての証拠能力 | トップページ | 公園条例に基づく公告がなされたことをもって都市公園法2条の2に基づく公告がされたといえるか(否定) »

2020年3月26日 (木)

東電福島第一原発業務上過失致死傷事件第1審判決

東京地裁R1.9.19    
 
<事案>
検察審査会の起訴議決⇒指定弁護士から起訴された 
 
<争点>
本件発電所に一定以上の高さの津波が襲来することについての予見可能性があったと認められるか否か
その前提として、どのような津波を予見すべきであったのか津波が襲来する可能性について、どの程度の信頼性、具体性のある根拠を伴っていれば予見可能性を肯認していいかが争点に。 
 
<判断・解説>
●予見の対象 
◎  予見すべき津波:
行為者の立場に相当する一般人を行為当時の状況に置いたときに、行為者の認識した事情を前提に、人の死傷の結果及びその結果に至る因果の経過の基本部分について予見可能性があたっと認められることが必要。
1号機から4号機までの主要建屋が設置された、小名浜港晃史基準面から10mの高さの敷地を超える津波が襲来して同敷地上のタービン建屋等へ浸入したことが本件事故の発生に大きく寄与⇒10m盤を超える津波の襲来が人の死傷の結果に至る因果の経過の根幹部分をなしている。

そのような津波が襲来することの予見可能性があれば、津波が本件発電所の主要建屋に浸入し、非常用電源設備等が被水し、電源が失われて炉心を「冷やす機能」を喪失し、その結果として人の死傷を生じさせ得るという因果の流れの基本的部分についても十分に予見可能

10m盤を超える津波が襲来することの予見可能性は必要であるが、
現に発生した10m盤を大きく超える津波が襲来することの予見可能性までは不要

◎ 予見の対象としての因果経過:
最高裁:
現実の結果発生の至る因果の経過を逐一具体的に予見することまでは必要ではなく、ある程度抽象化された因果経過が予見可能であれば、過失犯の要件としての予見可能性が認められる

下級審の裁判例の大勢:
概ね具体的予見可能性説に立った上、結果発生に至る経過の基本的部分について予見が可能であれば、予見可能性が認められる
 
●予見の程度 
◎ 津波襲来の可能性があるとする根拠の信頼性、具体性の程度について、
個々の具体的な事実関係に応じ、問われている結果回避義務との関係で相対的に、言い換えれば、問題となっている結果回避措置を刑罰をもって法的に義務付けるのに相応しい予見可能性として、どのようなものを必要と考えるべきかという観点から判断するのが相当。 

本件結果を回避するためには、
❶津波が敷地に遡上するのを未然に防止する対策
❷津波の遡上があったとしても、建屋内への侵入を防止する対策
❸建屋内に津波が浸入しても、重要機器が設定されている部屋への浸入を防ぐ対策
❹原子炉への注水や冷却のための代替機器を津波による浸水のおそれがない高台に準備する対策、
以上の全ての措置を予め講じておく必要があり、
❺これら全ての措置を講じるまでは運転停止措置を講じる必要があった。
と主張。
vs.
仮に被告人らが津波襲来の可能性に関する情報に接した時期から❶~❹までの全ての措置を講じることに着手していたとしても、本件事故発生前までにこれら全ての措置を完了することができたとは認められず、現に指定弁護士もそれが可能であったとの主張はしていない
本件で問われている結果回避義務は、平成23年3月初旬までに本件発電所の運転停止措置を講じることに尽きている

①本件で問われている結果回避義務が原発事故による重大な結果の発生を回避するためのものであることを考慮しつつ、
②平成23年3月初旬の時点において、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の定める原子力施設の自然災害に対する安全性は、最新の科学的、専門的知見を踏まえて、合理的に予測される自然災害を想定した安全性であって、そのような安全性の確保が求められていたものであり、実際上の運用としても同様であった
③本件発電所の運転停止という結果回避措置それ自体に伴う手続的又は技術的な負担、困難性

本件発電所に10m盤を超える津波が襲来する可能性については、当時得られていた知見を踏まえて合理的に予測される程度に信頼性、具体性のある根拠を伴うものであることが必要
 
◎ 最高裁H29.6.12(JR福知山線脱線事故強制起訴事件)の小貫裁判官の補足意見:
このような注意義務ないし結果回避義務があるというためには、被告人らにその注意義務を課すに足りる程度の認識ないし予見可能性がなければならない
どの程度の予見可能性があれば過失が認められるかは、個々の具体的な事実関係に応じ、問われている注意義務ないし結果回避義務との関係で相対的に判断されるべきもの

予見可能性の結果回避義務関連性を指摘。 
 
●予見可能性の有無 
①予見可能性の前提となる事実関係を詳細に認定し、かつ、
②平成14年7月に文科省時地震調査研究推進本部が公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(長期評価)の見解が、平成23年3月初旬の時点において客観的に信頼性、具体性のあったものとは認められない
③被告人ら3名は、条件設定次第では本件発電所に10m盤を超える津波が襲来するとの数値解析結果が出る又はそのような津波襲来の可能性を指摘する意見があるということは認識していたものの、それぞれが認識していた事情は、当時得られていた知見を踏まえ10m盤を超える津波の襲来を合理的に予測させる程度に信頼性、具体性のある根拠を伴うものであったとは認められない

被告人ら3名において、本件発電所に10m盤を超える津波が襲来することについて、本件発電所の運転停止措置を講じるべき結果回避義務を課すに相応しい予見可能性があったとは認められない
 
●情報収集義務(情報補充義務) 
指定弁護士:被告人らが一定の情報収集義務(情報補充義務)を尽くしていれば、10m盤を超える津波の襲来は予見可能
vs.
前記数値解析の基礎となった「長期評価」の見解が平成23年3月初旬までの時点においては客観的にみてその信頼性に疑義があったことや関係する学会の真偽状況等⇒更なる情報の収集又は補充を行っていたとしても、本件発電所に10m盤を超える津波が襲来する可能性につき、信頼性、具体性のある根拠があるとの認識を有するに至るような情報を得ることができたとは認められない
⇒予見可能性に関する前記判断は動かない。

業務分掌制の採られている東京電力において、一時的には担当部署に所轄事項の検討、対応が委ねられていたこと等

担当部署が情報収集や検討等を怠り、あるいは収集した情報や検討結果等を被告人らに秘匿していたというような特殊な事情も窺われない
被告人ら3名は、基本的には担当部署から上がってくる情報や検討結果等に基づいて判断をすればよい状況にあったのであって、被告人らに情報収集又は情報補充の懈怠が問題となるような事情は窺われない

判例時報2431

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))

 

|

« 録音・録画記録媒体の実質証拠としての証拠能力 | トップページ | 公園条例に基づく公告がなされたことをもって都市公園法2条の2に基づく公告がされたといえるか(否定) »

判例」カテゴリの記事

刑事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 録音・録画記録媒体の実質証拠としての証拠能力 | トップページ | 公園条例に基づく公告がなされたことをもって都市公園法2条の2に基づく公告がされたといえるか(否定) »