刑特法12条と憲法33条。刑特法12条2項に基づく緊急逮捕が違法とされた事案。
那覇地裁H31.3.19
<事案>
辺野古沿岸域における基地建設に対する抗議活動を行っていたXが、
(1)一般人の立入りの制限されている区域に侵入したとして米軍に身柄を拘束されてから8時間を経過して海上保安官に身柄を引き渡されたことについて、
①海上保安官が身柄を直ちに引き受けなかったこと、
②米軍が身柄を日本の当局に直ちに引き渡さず、その間身柄の拘束理由を告知せず、弁護士への連絡の要請を拒否したこと
が違憲、違法であるとともに、
(2)Xが、引き続き日本国の米国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法12条2項に基づき緊急逮捕されたことについて、
①国会が憲法33条、31条に反する刑特法12条2項を立法し、その改廃を怠ったこと、及び
②刑特法に従ったとしても海上保安官による緊急逮捕が、
いずれも違法であると主張
⇒
Y(国)に対し、国賠法1条1項(米軍の行為につき日本国とアメリが合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法1条、国賠法1条1項)に基づく損害賠償を求めた。
<争点>
①刑特法12条2項が憲法33条に反するか否か
②海上保安官にXの身柄を米軍から直ちに引き受けなかった違法が認められるか否か、
③海上保安官による刑特法12条2項に基づくXの緊急逮捕に違法が認められるか否か
<規定>
憲法 第33条〔逮捕に対する保障〕
何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
刑特法 第一二条(合衆国軍隊によつて逮捕された者の受領)
検察官又は司法警察員は、合衆国軍隊から日本国の法令による罪を犯した者を引き渡す旨の通知があつた場合には、裁判官の発する逮捕状を示して被疑者の引渡を受け、又は検察事務官若しくは司法警察職員にその引渡を受けさせなければならない。
<事案>
辺野古沿岸域における基地建設に対する抗議活動を行っていたXが、
(1)一般人の立入りの制限されている区域に侵入したとして米軍に身柄を拘束されてから8時間を経過して海上保安官に身柄を引き渡されたことについて、
①海上保安官が身柄を直ちに引き受けなかったこと、
②米軍が身柄を日本の当局に直ちに引き渡さず、その間身柄の拘束理由を告知せず、弁護士への連絡の要請を拒否したこと
が違憲、違法であるとともに、
(2)Xが、引き続き日本国の米国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法12条2項に基づき緊急逮捕されたことについて、
①国会が憲法33条、31条に反する刑特法12条2項を立法し、その改廃を怠ったこと、及び
②刑特法に従ったとしても海上保安官による緊急逮捕が、
いずれも違法であると主張
⇒
Y(国)に対し、国賠法1条1項(米軍の行為につき日本国とアメリが合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法1条、国賠法1条1項)に基づく損害賠償を求めた。
<争点>
①刑特法12条2項が憲法33条に反するか否か
②海上保安官にXの身柄を米軍から直ちに引き受けなかった違法が認められるか否か、
③海上保安官による刑特法12条2項に基づくXの緊急逮捕に違法が認められるか否か
<規定>
憲法 第33条〔逮捕に対する保障〕
何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
刑特法 第一二条(合衆国軍隊によつて逮捕された者の受領)
検察官又は司法警察員は、合衆国軍隊から日本国の法令による罪を犯した者を引き渡す旨の通知があつた場合には、裁判官の発する逮捕状を示して被疑者の引渡を受け、又は検察事務官若しくは司法警察職員にその引渡を受けさせなければならない。
2検察官又は司法警察員は、引き渡されるべき者が日本国の法令による罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があつて、急速を要し、あらかじめ裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げてその者の引渡を受け、又は受けさせなければならない。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちにその者を釈放し、又は釈放させなければならない。
3前二項の場合を除く外、検察官又は司法警察員は、引き渡される者を受け取つた後、直ちにその者を釈放し、又は釈放させなければならない。
<判断>
刑特法12条2項について、憲法33条に適合的な解釈の下、米軍に現行犯として身柄を拘束された者に適用される限りにおいて、憲法33条に反するとはいえず、明確性の要件(憲法31条)にも反しない。
but
前記の憲法適合的解釈の下で、海上保安官がXの身柄を直ちに引き受けなかったこと及び刑特法12条2項に基づきXを緊急逮捕したことはいずれも国賠法上違法。
⇒Xの請求を一部認容。
<解説・判断>
●刑特法12条2項が憲法33条に反するか?
◎ 刑特法12条:
司法警察員等が米軍から被疑者の引渡しを受ける際、事前の司法審査を経た逮捕状を示すべきことを法制上の原則としつつも、刑訴法210条1項に類似した要件の下で、事前の司法審査を経ない逮捕も許容している。
~
刑特法12条2項に基づく緊急逮捕は、。刑訴法210条1項に基づくものに比べて、対象犯罪について何らの限定もされておらず、緊急逮捕が可能な場面がより広く解される余地もある⇒憲法33条適合性が問題。
刑特法12条2項について、憲法33条に適合的な解釈の下、米軍に現行犯として身柄を拘束された者に適用される限りにおいて、憲法33条に反するとはいえず、明確性の要件(憲法31条)にも反しない。
but
前記の憲法適合的解釈の下で、海上保安官がXの身柄を直ちに引き受けなかったこと及び刑特法12条2項に基づきXを緊急逮捕したことはいずれも国賠法上違法。
⇒Xの請求を一部認容。
<解説・判断>
●刑特法12条2項が憲法33条に反するか?
◎ 刑特法12条:
司法警察員等が米軍から被疑者の引渡しを受ける際、事前の司法審査を経た逮捕状を示すべきことを法制上の原則としつつも、刑訴法210条1項に類似した要件の下で、事前の司法審査を経ない逮捕も許容している。
~
刑特法12条2項に基づく緊急逮捕は、。刑訴法210条1項に基づくものに比べて、対象犯罪について何らの限定もされておらず、緊急逮捕が可能な場面がより広く解される余地もある⇒憲法33条適合性が問題。
◎ 判断:
最高裁昭和30年判決の趣旨
⇒
特に犯罪の嫌疑が強く、逮捕の必要性が高く、かつ、捜査官憲が逮捕前に司法審査を求める余裕がない場合に限定して、逮捕後直ちに司法官兼から令状が発付されることを条件として、短時間の司法審査前の逮捕を容認することは、直ちに憲法33条に反するものではない。
刑特法12条2項が、その文理上、特に逮捕の必要性が高いと考えられる例外的な事情のある場合を除き現行犯逮捕すらも許容されていない軽微事犯(刑訴法217条)についてすら緊急逮捕を許容しているとも読める点には解釈上の疑義。
but
現行犯として逮捕された場合に司法官憲の事後審査に服さしめることは憲法33条の禁ずるところではない。
逮捕後直ちに司法官憲から令状が発付されるべきこととの関係でも、刑特法12条2項が適用される場合、常に米軍による身柄拘束が先行している関係にあることを踏まえ、米軍から日本の捜査官憲に直ちに身柄が引き渡されるべきことは憲法上の要請
⇒
日本の捜査官憲が、米軍から身柄を引き渡す旨の通知を受けた後、米軍から身柄拘束の原因となった事情を聴き取り、身柄を引き受けるのに不可欠な事務上の手続に必要な時間を超えて、新たな疎明資料を収集することは、憲法33条の想定、許容する解釈とはいえない。
刑特法12条2項は、以上のような解釈の下、米軍により現行犯として身柄を拘束された者に適用される限りにおいて、憲法33条に違反しない。
~
合憲限定解釈。
●海上保安官にxの身柄を米軍から直ちに引き受けなかった違法が認められるか?
◎ 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(日本地位協定)17条10項(a)及び(b)に関する合意議事録1項中段2文は、
米軍当局により逮捕された者で米軍の裁判権に服さないすべてのものは、直ちに日本国の当局に引き渡さなければならないとしており、
日米合同委員会における刑事裁判管轄権に関する合意事項10項は、日本国の裁判権のみに服する者でアメリカ合衆国の当局によって逮捕されたものは、逮捕を行った現地憲兵司令官から直ちに日本国の当局へ引き渡されるとしている。
⇒
米軍が身柄を拘束した者について、米軍から日本国の当局へのその身柄の迅速な引渡しが要請されている。
◎ 判断:
刑特法12条2項の合憲性に関する解釈
⇒米軍から身柄を引き渡す旨の通知を受けた司法警察員等は、職務上直ちにその身柄を引き受けるべき高度の注意義務を負っている
⇒米軍による身柄拘束後引渡しまでの時間の経過の合理性は厳格に吟味する必要がある。
Xの身柄拘束の3分後に米軍から海上保安部に対してされた電話連絡は、刑特法12条1項にいうXを引き渡す旨の通知に当たると解するのが相当。
その後に海上保安部が行っていたとYが主張する捜査等について、それらを行うことの合理性を検討し、結論として、前記電話連絡後長くても2時間を超えた海上保安官によるXの身柄の引受けの遅延について、合理的理由があると認めることはできず、違法がある。
●海上保安官による刑特法12条2項に基づくXの緊急逮捕に違法があったか?
刑特法12条2項に基づく緊急逮捕が適法であるためには、それに先立つ身柄の引受けが直ちに行われていることが不可欠。
本件ではXの身柄の引受けは直ちに行われたとはいえない。
⇒
その後の同項に基づく緊急逮捕は違法。
~
海上保安官による身柄の引受けが違法に遅延した本件においては、海上保安官は刑特法12条2項に基づく緊急逮捕を行なうのではなく、Xを直ちに釈放すべきであった。
but
現行犯として逮捕された場合に司法官憲の事後審査に服さしめることは憲法33条の禁ずるところではない。
逮捕後直ちに司法官憲から令状が発付されるべきこととの関係でも、刑特法12条2項が適用される場合、常に米軍による身柄拘束が先行している関係にあることを踏まえ、米軍から日本の捜査官憲に直ちに身柄が引き渡されるべきことは憲法上の要請
⇒
日本の捜査官憲が、米軍から身柄を引き渡す旨の通知を受けた後、米軍から身柄拘束の原因となった事情を聴き取り、身柄を引き受けるのに不可欠な事務上の手続に必要な時間を超えて、新たな疎明資料を収集することは、憲法33条の想定、許容する解釈とはいえない。
刑特法12条2項は、以上のような解釈の下、米軍により現行犯として身柄を拘束された者に適用される限りにおいて、憲法33条に違反しない。
~
合憲限定解釈。
●海上保安官にxの身柄を米軍から直ちに引き受けなかった違法が認められるか?
◎ 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(日本地位協定)17条10項(a)及び(b)に関する合意議事録1項中段2文は、
米軍当局により逮捕された者で米軍の裁判権に服さないすべてのものは、直ちに日本国の当局に引き渡さなければならないとしており、
日米合同委員会における刑事裁判管轄権に関する合意事項10項は、日本国の裁判権のみに服する者でアメリカ合衆国の当局によって逮捕されたものは、逮捕を行った現地憲兵司令官から直ちに日本国の当局へ引き渡されるとしている。
⇒
米軍が身柄を拘束した者について、米軍から日本国の当局へのその身柄の迅速な引渡しが要請されている。
◎ 判断:
刑特法12条2項の合憲性に関する解釈
⇒米軍から身柄を引き渡す旨の通知を受けた司法警察員等は、職務上直ちにその身柄を引き受けるべき高度の注意義務を負っている
⇒米軍による身柄拘束後引渡しまでの時間の経過の合理性は厳格に吟味する必要がある。
Xの身柄拘束の3分後に米軍から海上保安部に対してされた電話連絡は、刑特法12条1項にいうXを引き渡す旨の通知に当たると解するのが相当。
その後に海上保安部が行っていたとYが主張する捜査等について、それらを行うことの合理性を検討し、結論として、前記電話連絡後長くても2時間を超えた海上保安官によるXの身柄の引受けの遅延について、合理的理由があると認めることはできず、違法がある。
●海上保安官による刑特法12条2項に基づくXの緊急逮捕に違法があったか?
刑特法12条2項に基づく緊急逮捕が適法であるためには、それに先立つ身柄の引受けが直ちに行われていることが不可欠。
本件ではXの身柄の引受けは直ちに行われたとはいえない。
⇒
その後の同項に基づく緊急逮捕は違法。
~
海上保安官による身柄の引受けが違法に遅延した本件においては、海上保安官は刑特法12条2項に基づく緊急逮捕を行なうのではなく、Xを直ちに釈放すべきであった。
判例時報2428
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