録音・録画記録媒体の実質証拠としての証拠能力
東京地裁R1.7.4
<事案>
検察官:
平成29年11月14日午後3時42分頃から同日午後6時23分頃までの間の検察官による取調べにおける被告人の供述を録音・録画した記録媒体の複本を「介護士としての稼働状況、犯行にいたる経緯、犯行状況及び供述状況等」を立証趣旨として、証拠請求。
<事案>
検察官:
平成29年11月14日午後3時42分頃から同日午後6時23分頃までの間の検察官による取調べにおける被告人の供述を録音・録画した記録媒体の複本を「介護士としての稼働状況、犯行にいたる経緯、犯行状況及び供述状況等」を立証趣旨として、証拠請求。
弁護人:
本件取調べにおける被告人の供述は任意性を欠いており、本件記録媒体に証拠能力は認められない。
本件記録媒体は、証拠調べの必要性がなく却下すべきとの意見。
本決定:
前記証拠請求に対する決定。
裁判所は、公判前整理手続において証拠調べを行い、結論として、録音・録画記録媒体の一部につき、録画映像を除いた部分を証拠として採用。
<判断>
●被告人の供述の任意性
◎ 弁護人:
①本件取調べに先立つ11月13日午後0時49分頃から午後11時50分頃までに行われた警察官による被告人の取調べは長時間にわたるものであり、
被告人は、警察官から厳しく責められ「こうだったんだろう」と誘導されながら、それを認める供述をさせられている
②本件取調べはこのような警察官による取調べの影響を遮断することなくその影響下で行われている
⇒任意性なし。
◎ 判断:
本件取調べにおいて、暴行、脅迫その他の手段による供述の強要など被告人の供述の任意性に疑いを生じさせるような検察官の言動等は認められない。
警察官の取調べは、長時間にわたっている。
but
被告人の供述状況や供述態度、本件事案の重大性等
⇒取調べの時間の長さだけを捉えて当該取調べが任意捜査として許容される限度を逸脱していたと認めることはできない。
but
当該取調べにおいて、被告人を威圧するような警察官の言動等
⇒
被告人に対して相当程度の精神的心理的圧迫を与え、警察官に迎合的な供述を引き出すおそれのある取調べ方法であった。
but
①前記の警察官の取調べの直後頃、本件記録媒体に関わる取調べを行った検察官が自分は警察とは別の組織、立場にあること等を説明した上、事件当日の出来事を大まかに確認する任意の取調べを短時間行っており、
その際、被告人が自分の記憶では被害者を浴槽に入れたまま目を離して放置したと覚えていると、一旦は警察官に話した供述を変遷させている。
②本件取調べは、その後の逮捕に伴う諸手続などを経た約15時間後に、東京地方検察庁の取調室において行われ、その取調べにおいて被告人が前日の自白内容にとらわれているような言動は見られず、警察官に対する自白を反復しているのではなかとの疑いは認められない。
⇒
本件取調べにおける被告人の不利益事実の承認又は自白には任意性を疑わせるような事情は認められない。
●証拠調べの必要性・相当性
◎ 弁護人:
記録媒体を実質証拠として使用することは、
①公判中心主義や直接手技に反する、
②供述の信用性判断において、被告人の供述態度に目を奪われて客観的な視点から分析が軽視される危険がある
③争点の拡散、審理の肥大化のおそれがある
◎ 判断:
本件は、被害者の溺死に対する被告人の関与について争いがあり、検察官は本件の具体的な殺害方法につき被告人の捜査段階の自白以外によっては立証が困難であるとして、本件録音・録画記録媒体を請求。
本件取調べにおいて被告人の供述調書は作成されておらず、当該自白の立証には、その供述状況を録音・録画した本件記録媒体に代わるべき証拠は他に存在しない
⇒その必要性が認められる。
①本件記録媒体には犯行状況についての自白を超える供述を含んでいる
②当該自白は信用性も争われる見込みであり、これを録画映像から認められる供述者である被告人の表情や態度などから判断することは、容易でないばかりか、直感的で主観的な判断に陥る危険性は高い、
③裁判員裁判
⇒
記録媒体の録画映像部分を公判廷で取り調べることは相当ではない。
●結論
・・・・前記時間帯の録画映像を除いた部分の限度において証拠として採用するのが相当。
<解説>
● 取調べの可視化⇒取調べを適正化を図るとともに、そこで作成された供述調書を任意性判断に活用⇒録音・録画記録媒体を、任意性立証に用いることは当然。
but
犯罪事実等を証明する実質証拠として使用することについては、規定がなく、十分な検討もされてこなかった⇒議論。
●任意性について
同意なし⇒刑訴法322条1項に準じて証拠能力の有無が検討。
不利益事実の承認または自白に関しては「任意性」が要求され、この記録媒体自体の任意性が立証される必要。
●必要性・相当性について
主な論点:
①映像の持つインパクト(カメラ・パースペクティブ・バイアスなど)によって、冷静かつ客観的な判断が歪められる危険性にどのように対処するか
②本来法廷で行われるべき事柄が取調室での捜査官主導の取調べ手続に移行してしまい直接主義、公判中心主義に逆行しているのではないか?
⇒
実質証拠とすることは基本的に慎重であるべきであるが、一律に判断するのではなく、記録媒体を証拠とすべき必要性とこの危険性等とを勘案して、必要性・相当性(広義の必要性と表現することもある。)を具体的事例に即して定めて行こうとの裁判所を中心とした実務の流れ。
判例時報2430
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