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2020年2月14日 (金)

統合失調症により精神科の医師の診療を受けていた患者が中国の実家に帰省中に自殺⇒医師の義務違反を否定。

最高裁H31.3.12    
 
<事案>
統合失調症により精神科の医師であるYの診察を受けていた患者(中国国籍の女性)が、中国の実家に帰省中に自殺⇒本件患者の夫及び子らであり、相続人であるXらが、Yには本件患者の自殺を防止するために必要な措置を講ずべき義務を怠った過失がある⇒債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めた。 

・・・・本件患者は、中国の実家への帰省後、平成23年4月以降、抗精神病薬の服薬量を漸次減量したが、幻聴が悪化し、マンションから飛び降りたいという衝動があるなどとも述べるようになり、同年5月下旬頃から希死念慮が現れるようになった。

X1は、平成23年5月28日、Yに対し、「ここ数日、夕方になると、幻聴が激しくなり、また、眼球上転もでているようです。今日は希死念慮がかなりつよくでていて、「これからは3人で生きて下さい」との言葉もありました。危険なので、義母に監視を頼み、セレネースを11mgに戻すようにいいました。」「原薬の先に何があるのか、その見通しを示してください。」などの記載が含まれる電子メールを送信
Yは、同月30日頃、本件電子メールを読み、X1に対し、「困難な場合には、入院で薬の調整をして頂くことを考える必要があるかも知れません。」などと記載した電子メールを返信

本件患者は、平成23年6月8日、激しい幻聴を訴え、同月10日、マンションの6階にある実家から飛び降りて自殺した。
 
<原審>
Xらの不法行為に基づく損害賠償請求を合計1257万余円の限度で一部認容。

①Yは、遅くとも本件電子メールを読み、その内容を知った時点において、本件患者の自殺の具体的な危険性を認識⇒その自殺を防止するために必要な措置を講ずべき義務がある
②過失と本件患者の自殺との間の因果関係がある 
 
<判断>
Yは、抗精神病やくの服薬量の減量を治療方針として本件患者の診察を継続し、これにより本件患者の症状が悪化する可能性があることを認識していたとしても、本件の事情の下においては、本件患者の自殺を具体的に予見することができたとはいえないYに本件患者の自殺を防止するために必要な措置を講ずべき義務があったとはいえない。 
 
<解説>
●一般に、統合失調症、うつ病等の精神疾患のある患者は、健常人又は他の病気の患者と比べると、相対的に自殺に至る確率が高いといわれている。
統合失調症患者の約10%が自殺しており、その自殺率は一般よりも30~40倍高いとされる) 
 
●民法709条における過失の構成要素:
①具体的結果予見可能性を基礎とする結果予見義務違反、
②具体的結果回避可能性を基礎とする結果回避義務違反 

一般的・抽象的な危険の予見だけで、患者が自殺に及んだ場合に医療側に過失があったとみるとすれば、全ての精神病患者を保護して隔離病棟に入院させる必要があることにもなりかねず、精神科医療が萎縮し、患者の社会復帰を目指すという治療の目的も損なわれるおそれ

医師の過失判断の前提となる予見可能性については、自殺の具体的な危険ないし差し迫った危険についての予見可能性がなければならないというべきであり、また、これを基礎付ける具体的事実がなければならないと解するのが相当。

近時の裁判例では、患者に希死念慮があり、又は、過去に自殺企図があったというだけで医療等の具体的予見可能性を認めることはせずどの程度深刻な希死念慮であり、また、具体的な自殺企図であったかについて検討した上で、患者の状態の変化等を踏まえて慎重に判断しているものが多い。
 
●原審:
①本件患者につき、自殺企図歴のある統合失調症患者であったこと
②抗精神病薬の減量によりその症状が悪化する可能性があったこと
③Yがその病状を直接観察すること等ができない状況になっていたこと(原審は、Yの診療態勢等に不備があったこなどと評価)

自殺の具体的な危険性を十分認識し得たとする。
vs.
これらの事実からは一般的ないし抽象的な自殺の危険があったことが認められるにとどまり、具体的ないし切迫した自殺の危険があり、そのことをYが認識し得たとまで認めることはできない。 

本件患者の自殺につき具体的な予見可能性が認められない⇒Yにおいて診療契約上の注意義務違反があると認めることも同様に困難
本判決:
「以上説示したところによれば、上告人は、被上告人らに対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負わず、また、債務不履行に基づく損害賠償責任も負わない。」と判示。 
判例時報2427

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