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2019年12月16日 (月)

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項の合憲性

最高裁H31.1.23    
 
<事案>
生物学的には女性であるXが、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項の規定に基づき、男性への性別の取扱いの変更の審判の申立てをした事案。 
Xは、自らが本件規定の要件を満たしていないことを前提としつつ、本件規定は憲法13条に違反して無効であるとして、特例法3条1項に基づく性別の取扱いの変更の審判の申立てをした。
 
<規定>
特例法 第三条(性別の取扱いの変更の審判)
家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる
一 十八歳以上であること。〔本号の施行は、平三四・四・一〕
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

憲法 第13条〔個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重〕
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
 
<解説>
性同一性障害:生物学的な性と性の自己認識が一致しない状態のことをいう 
 
<判断・解説>
●性同一性障害者の「意思に反して身体への侵襲を受けない自由」に言及し、本件規定が、これを制約する面もある旨を判示。 

憲法13条は、生命に対する国民の権利を明文で規定しており、意思に反して身体への侵襲を受けない事由もこれに次ぐ基本的な法益として同条の保障に含まれることと解することに異論はない。

特例法は、性同一性障害であって、一定の要件を満たしているものにつき、その任意の申立てにより、法的な性別の取扱いの変更を認めるとしたものであって、本件規定は、性同一性障害者にその意思に反して生殖腺除去手術を受けさせることを目的とするものではなく、性同一性障害者に対して当該手術を受けることを法的に求める規定ではない

本決定:「本件規定は、性同一性障害者一般に対して上記手術を受けること自体を強制するものではない
but
直接的な制約とはいえない場合であっても、国が法制度を制定し、国民にこれに基づく法的利益を選択する権利を付与するものとしつつ、当該利益付与の要件として当該国民に憲法上保障される別の自由を事実上制約することを余儀なくさせるというような場合には、当該自由を間接的にではあれ制約する面があることは否定できないと思われる。

本決定:性同一性障害者によっては、生殖腺除去手術まで望まないのに、性別の取扱いの変更の審判を受けるためにやむなく同手術を受けることもあり得るとして、本件規定がそのような者についてその意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることを肯定

●特例法は、性同一性障害者に対して、法律上の性別の取扱いの変更という法的利益を付与するために生殖腺除去手術を受けていることを求めるもの

本件規定が当該手術を望まない者の自由に対して及ぼす事実上の制約の有無及びその程度は、
当該利益の権利性(憲法上保障される権利か、尊重されるべき利益か等)、
必要性の程度(社会的状況の下で当事者が現実に受ける不利益の程度)、
不利益を解消するために他に代替的な手段があるのか
等を考慮する必要がある。
また、これらに加えて、性同一性障害者が任意に当該手術を選択する現実的可能性の程度も影響しよう。

従来から、基本的人権を規制する規定等の合憲性に係る最高裁判例の多くは、
一定の利益を確保しようとする目的のために制限が必要とされる程度と、
制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等
を具体的に比較衡量するという利益衡量論の判断枠組みを採用。
その際の判断指標として、規制される人権の性質規制措置の内容及び態様等の具体的な事案に応じて、その処理に適する基準を適宜選択して適用したり、当該基準の内容を変容させ又はその精神を反映させる限度にとどめるなどして柔軟な対処

具体的に憲法13条により保障される権利の制限が問題となった最高裁判例をみても、概ね、
制限する目的の正当性
制限の必要性と合理性(制限の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様とを衡量して、制限が必要かつ合理的なものであるかどうか)を考慮して判断。
本決定も、これらと同様の判断枠組みを前提としつつ、本件では間接的な態様による制約が問題となっていることを踏まえて、総合的な較量により合憲性を判断したものと理解。

●下の性別の生殖機能により子が生まれることによる「様々な混乱や問題」

①「女である父」「男である母」が存在することになる
②特に法的に男である者が懐胎、出産するという、長きにわたり法制度(民法733条、772条)や社会が予定していない事態が生じることは、わが国の家族制度や社会制度の基盤に関わり、これを受け入れる社会において混乱が生じるという考え方
③現行の親子関係に関する法制度を前提とすると、元の性別の生殖機能により生まれた子の父母が誰になるのかが不明確な場合が生じる(例えば、女から男へと性別の取扱いを変更した者が婚姻した後に、当該者が出産した場合の当該者及び妻と子との各関係)、子の身分関係に伴う法的安定性が損なわれる。 

●本決定:本件規定の目的や制約の態様に加え、現在の社会的状況等にも言及して、現時点では、憲法13条に違反しない旨を判示。

平成15年に本件規定が定められた後、性同一性障害についての医学的知見は急速に進展し、性同一性障害者をめぐる環境や性自認の多様性等についての国民の意識も変わってきていることがうかがわれ、今後も変化しているものと予測されるところ、本件規定の性同一性障害者に対する制約の強さの程度や、目的の正当性、規制の必要性と合理性は、いずれもこのような変化する事情と大きく関わっていることを踏まえて、本決定が慎重な判断をしたものであることを示す意味合いを含む。 
判例時報2421

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