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2019年11月 1日 (金)

住民訴訟の控訴審係属中に、市議会が、不当利得返還請求権を放棄する旨の議決を行ったことの適法性が問題となった事例

最高裁H30.10.23    

<事案>
鳴門市(「市」)は、市が経営する競艇事業に関し、競艇場に近接する水面に漁業権の設定を受けている2つの漁業協同組合に対し、公有水面使用協力費を支出。
この本件協力費の支出が違法であるとして地自法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟が提起され、その控訴審係属中に、その請求に係る当該支出を行った市公営企業管理者企業局長に対する不当利得返還請求権を放棄する旨の市議会の議決

その権利放棄議決の適法性が争点。
 
<原審> 
本件協力費は漁業補償としての性格を喪失し、協力金という趣旨であるとしても高額ににすぎる⇒本件支出は合理性、必要性を欠くとして違法。
①Yは、その合理性、必要性の基礎となる事情について調査し、検討すべき義務を負っていたにもかかわらず、漫然と従前の経緯を踏襲して支出を行った
②2漁協も、支出の違法性を基礎付ける事実関係を認識した上で、多額の利益を得た
⇒いずれも帰責性は大きい。

本件議決の提案理由等についても的確な説明責任が果たされているとはいえず、漁業協同組合の財政的基盤がぜい弱であることは公知の事実であるが、不当利得返還請求権を行使することによる2漁協の経営への打撃について的確な立証はなく、2漁協に真に救済が必要であるならば別途支援策を講ずべき。

本件議決は、地自法の趣旨等に照らして不合理であって裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるもので違法であり、各請求権の放棄は無効
 
<判断> 
●住民訴訟係属中にされたその請求に係る請求権の放棄議決の適法性の判断枠組みに関する最高裁H24.4.20、H24.4.23を参照し、
普通地方公共団体がその債権の放棄をするに当たって、その適否の実体的判断は、議会の裁量権に基本的に委ねられているものというべきであるところ、
住民訴訟の対象とされている損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を放棄する旨の議決がされた場合には、個々の事案ごとに、当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質、内容、原因、経緯及び影響、住民訴訟の係属の有無及び経緯、事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して、
これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地自法の趣旨等に照らして不合理であって前記の裁量権の範囲を逸脱又はその濫用に当たると認められるときは、その議決は違法となり、当該放棄は無効となるものと解するのが相当。 

神戸事件最判等:
裁量権の逸脱又はその濫用を審査する際の考慮要素として、
①当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質、内容、原因、経緯及び影響、
②当該議決の趣旨及び経緯、
③当該請求権の放棄又は行使の影響、
④住民訴訟の係属の有無及び経緯、
⑤事後の状況その他の諸般の事情。
財務会計行為等の性質、内容等については、その違法事由の性格や当該職員又は公金の支出等を受けた者の帰責性等が考慮の対象とされるべき。

本件の諸事情を総合考慮⇒本件議決が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるということはできず、Y及び2漁協に対する請求権の放棄は有効にされた

● 考慮された諸事情 
◎ 支出が行われた当時、競艇場に近接する水面において2漁業の組合員らが漁業を営んでいたこと等⇒競艇事業の円滑な遂行のために本件協力費を支出する必要があると判断することが致命的観点を踏まえた判断として誤りであることが明らかであったとはいえない
本件協力費の支出が数十年にわたって継続され、年度ごとに協定書が作成され、市議会において決算の認定も受けていた等所要の手続が実践されていたこと等
本件協力費の支出が合理的、必要性を欠くものであったことが明らかな状況であったとはいい難い

◎ 本件協力費の支出に関し、2漁協から不当な働きかけが行われたなどの事情はうかがわれず、Yが私利を図るために支出をしたものでもない。 

◎ 本件議決は、本件協力費の支出が違法であるとの前件訴訟の第一審判決等の判断を前提とし、不当利得返還請求権を行使した場合の2漁協への影響が大きいことやYの帰責性が大きいとはいえないこと等を考慮してされたもの
⇒Yや2漁協の支払義務を不当な目的で免れさせたものということはできない。

◎ Yの損害賠償責任は本件協力費の支出によって何らの利得も得ていない個人にとっては相当重い負担となり、また、2漁協に対する不当利得返還請求権の行使により、その財政運営に相当の悪影響を及んでいるおそれがある一方、
これらの請求権の放棄によって市の財政に多大な影響が及ぶとはうかがわれない。 

◎ 前件訴訟において本件協力費の支出を違法とした判決を契機に、本件協力費の支出は取りやめられ、Yに対する減給処分が行われるなどの措置が既にとられている。
 
<解説>
請求権の発生原因である財務会計行為等の性質、内容等について考慮される違法事由の性格や帰責性の程度。
原審:Yが合理性、必要性の基礎となる事情について調査、検討を行わずに漫然と従前の経緯を踏襲して支出⇒帰責性大。
vs.
個別の具体的な法令の規定に違反する場合であれば、調査を行うことによって違法性が判明する場合も多いと思われるが、
本件のように関係者の協力を得るための政策的観点からの支出が諸事情に鑑みて高額に過ぎるかどうかという場合には、様々な事情を多角的、総合的に判断してされるという前記支出の性質上、これを違法とする判決が既に出ていたなどの事情があれば格別、通常は、その違法性について調査すれば容易に判明するというものではない

原審:2漁協も違法性を基礎付ける事実は認識していた⇒帰責性大。
vs.
①前記のとおり支出を行う市側でさえその違法性の判断が容易ではなかった
2漁協は本件協力費の支出の適否について判断する立場にはなく、毎年度協定が締結され、それに基づいて支出を受けるという手続が履践されていた
2漁協の帰責性が大きいとする原審の判断には異論の余地もあろう。
本判決:
本件協力費が、競艇事業の円滑な運営のために関係者の理解、協力を得るべく行われたものであり、このように地方公営企業の目的を遂行するための政策的観点からの支出の適否については、支出の時点において、その違法性、すなわち高額に過ぎて合理性や必要性を欠くものであったことを認識することが容易であったのかという視点から検討し、
本件の事実関係の下においては、本件協力費の支出が合理性、必要性を欠くものであったことが明らかな状況であったとはいい難い
その支出が違法であることを容易に認識し得る状況にあったとはいえないから、その帰責性が大きいと言うことはできないとした。

判例時報2416

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