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2019年10月27日 (日)

市議会議員に対する厳重注意処分そのその公表を理由とする国賠請求と司法判断

最高裁H31.2.14     
 
<事案>
上告人(三重県名張市)の市議会議員である被上告人が、上告人に対し、
市議会運営委員会(「議会運営委員会」)が被上告人に対する厳重注意処分の決定をし、市議会議長がこれを公表したこと(「本件措置等」)により、被上告人の名誉が毀損された⇒国賠法1条1項に基づき、慰謝料等の支払を求めた。 
 
<一審>
本件措置等は、被上告人に対する名誉毀損行為に該当するとしつつ、
市議会の自律権の範囲内で決定された事項であって、その真実性又は真実相当性の抗弁については司法審査が及ばない
⇒被上告人の請求を棄却。 
 
<原審>
被上告人の請求は、名誉権とうい私権の侵害を理由とする国家賠償請求
②紛争の実態に照らしても、一般市民法秩序において保障される移動の自由や思想信条の自由という重大な権利侵害を問題とするものであり、一般市民法秩序と直接の関係を有する

本件訴えは、裁判所法3条1項にいう法律上の紛争に当たる。 
本件措置等は、被上告人の市議会議員としての社会的評価の低下をもたらすと認められ、その真実性又は真実相当性の抗弁が認められない
⇒被上告人の請求を慰謝料50万円の支払を求める限度で認容。
 
<判断> 

①本件は、被上告人が本件措置等によってその名誉を毀損されたとして国賠法1条1項に基づき損害賠償を求めるもの
②これは、私法上の権利利益の侵害を理由とする国家賠償請求であり、その性質上、法令の適用による終局的な解決に適しないものとはいえない

本件訴えは、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たり、適法。 


普通地方公共団体の議会は、地方自治の本旨に基づき自律的な法規範を有するものであり、議会の議員に対する懲罰その他の措置については、議会の内部規律の問題にとどまる限り、その自律的な判断に委ねるのが相当であり(最高裁昭和35.10.19) 、このことは、前記の措置が司法上の権利利益を侵害することを理由とする国賠請求の当否を判断する場合であっても、異なることはない。

地方議会の議員に対する懲罰その他の措置が当該議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国賠請求の当否を判断するに当たっては、当該措置が議会の内部規律の問題にとどまる限り、議会の自律的な判断を尊重し、これを前提として請求の当否を判断すべきものと解するのが相当

①本件措置は、被上告人の議員としての行為に対する市議会の措置であり、かつ、
本件要綱(=名張市議会議員政治倫理要綱)に基づくものであって特段の法的効力を有するものではなく
また、
③市議会議長が、相当数の新聞記者のいる議長室において、本件通知書を朗読し、これを被上告人に交付したことについても、殊更に被上告人の社会的評価を低下させるなどの態様、方法によって本件措置を公表したものとはいえない。

本件措置は議会の内部規律の問題にとどまるものであるから、その適否については議会の自律的な判断を尊重すべきであり、本件措置等が違法な公権力の行使に当たるものということはできない

上告人は、被上告人に対し、国賠責任を負わない
 
<解説>  
●地方議会の措置の違法を理由とする国賠請求訴訟と法律上の争訟
 
判例・通説
憲法76条1項の司法権の範囲=裁判所法3条1項の法律上の争訟 

判例は、法律上の争訟につき、
当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用によって終局的に解決することができるもの
と定義。
but
裁判所法3条1項にいう法律上の争訟には、いくつかの例外があり、
国会ないし各議院の自律権に属する行為や団体の内部事項に関する行為など、法律上の係争ではあるが、事柄の性質上裁判所の審査に適しないものは、司法審査の対象外であると解されている。

昭和35年最判:
議院としての行為につき、除名処分のような議員たる身分の得喪に関する処分の適否に関する訴えは司法審査の対象とする一方、
議員の権利行使の一時的制限にすぎない懲罰決議の適否に関する訴えは、内部規律の問題として自治的措置に任せるのを相当とし、
裁判所法3条1項の法律上の争訟に当たらないとして、司法審査の対象外とする。

最高裁H6.6.21は、議員の純然たる私的紛争についての言動を理由とする地方議会の議員辞職勧告決議等が当該議員の名誉毀損に当たるとした国賠請求訴訟について、法律上の争訟に当たるとし、全面的に請求の当否を判断。
but
これは、議員としての行為を対象とする本件のような事案とは異なる。

国賠請求訴訟は、私法上の権利利益の侵害を理由とする給付訴訟として適法であるのが原則。
but
給付訴訟において司法審査の対象となるか否かが問題となった最高裁判例として、宗教上の教義が問題となった寄附金の不当利得返還請求事件(板まんだら事件)があり、最高裁昭和56.4.7は、訴えそのものが法律上の争訟に該当しないとして不適法却下。

錯誤を理由とする寄附金の不当利得該当性を検討する上で法令の適用による終局的な解決が不可能な宗教上の教義を検討することが不可欠⇒紛争全体として司法的解決に適しない事案であったと評価し得るもの。

◎地方議会の内部事項の問題は、裁判所が法令を適用して判断を示すことは可能
but
議会の自律権を尊重して司法審査を差し控えるのが相当であると捉えられるもの。
議会の措置が私法上の権利利益を違法に侵害することを理由とする国賠請求訴訟においては、議会の自律権は請求の当否を判断する上で必ずしも不可欠の要素ではなく、紛争自体が全体として司法的解決に適しないものではない
⇒法律上の争訟であることを否定する合理的理由は見出し難い。

請求の当否の前提問題として団体の内部事項の適否が問題となった最高裁昭和63.12.20も、政党が党員に対してした除名処分を前提として党施設の明渡し等を求めた訴訟において、訴えが司法審査の対象となることを肯定。

訴訟物そのものが具体的な権利義務ないし法律関係をめぐる紛争であり、その前提問題として団体の内部事項の適否が問題となる場合には、
当該前提問題が法令の適用により終局的に解決することができな問題でない限り、法律上の争訟は否定されないと考えるのが相当。
 
●国賠請求訴訟における地方議会の内部事項の適否に関する司法審査 
 
原審:
被上告人の請求が、名誉権という私権の侵害を理由とするものであることや一般市民法秩序において保障される自由の重大な権利侵害を問題とする
⇒司法審査の対象となることを理由に、全面的に請求の当否を審査。
 
憲法:
地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定めると規定(92条)
その議事機関として議会を設置する旨を規定(93条1項)

地方議会について団体自治の見地から自律的な法規範を整備することを予定し、これを受けて法が地方議会の組織、権限及び規律等に関する詳細な規定を設けている

地方議会における法律上の係争については、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的問題にとどまる限り、内部規律の問題として自治的、自律的な解決に委ねるのを適当とし、裁判所の司法審査の対象とはならないものと解するのが相当。
このような地方議会の内部事項の問題について自律的措置に任せるのを適当とした昭和35年最判の法理は、当該措置の違法を理由とする国賠請求の当否を判断するに当たっても同様に妥当

当該措置の適否が請求の当否を判断する前提問題にとどまる場合であっても、議会の自律権を尊重すべき必要性は変わらない

議会による懲罰その他の措置の適否自体を争う場合には、それが一般市民法秩序と直接関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、議会の内部規律の問題として司法審査の対象外として扱われるのに対し、
当該措置の違法を理由とする国賠請求訴訟が提起された場合には、当該措置の適否を含めて全面的に司法審査に服するものと解することとなれば、
議会の自治的措置に委ねるのを適当として司法審査の対象外とした趣旨を没却することになりかねない。

◎本判決:
地方議会の懲罰その他の措置が議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国賠請求の当否を判断するに当たっては、当該措置が議会の内部規律の問題にとどまる限り、議会の自立的な判断を尊重し、これを前提として請求の当否を判断すべきものと解するのが相当であると判示。
地方議会の懲罰その他の措置が議員としての行為を対象とするものであって議会の内部規律の問題にとどまるものであるかは、事案に応じて個別に検討
 
●本件措置等の適否についての司法審査 
本件措置等:
A:議会運営委員会が被上告人に対し厳重注意処分の決定をし、
B:市議会議長がこれを公表したことを内容とする。

A:本件措置:
被上告人が本件視察旅行を正当な理由なく欠席したことを理由とし、地自法135条1項各号に定められた懲罰ではなく、地方自治の本旨及び本件規則にのっとり、議員としての責務を全うすべきことを定めた本件要綱2条2号に違反するとして、同3条所定のその他必要な措置として行われたもの。

被上告人の議員としての行為に対する上告人の議員としての行為に対する市議会の措置であり、かつ、本件要綱に基づくものであって特段の法的効力を有するものではない
本件措置が、被上告人の議員としての権利に重大な制約をもたらすものと認めることはできない

B:市議会議長による前記の公表行為
①同委員会は、市議会の代表者である市議会議長が、被上告人に対し本件通知書を交付することによって本件措置を通知することとしたものと認めるのが相当
②市議会議長が、相当数の新聞記者のいる議長室において本件通知書を朗読したことについても、それ自体は市議会の措置とはいい難いものの、記者からの取材要請を受けたことによるものであり、殊更に被上告人の社会的評価を低下させるなどの態様、方法によって本件措置を公表したものとは認められない

本件措置は議会の内部規律の問題にとどまるもの⇒その適否については議会の自立的な判断を尊重すべき

本件措置の公表についても公的目的を欠くことにより名誉毀損を肯定すべきものとは認められない
⇒本件措置等が、違法な公権力の行使に当たるものということはできず、国賠法1条1項の適用上違法であるとはいえない。

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