旧優生保護法判決
仙台地裁R1.5.28
<事案>
原告らが、平成8年法律第105号による改正前の優生保護法に基づき不妊手術を受けた⇒旧優生保護法第2章、第4章及び第5章の各規定(「本件規定」)は違憲無効であり子を産み育てるかどうかを意思決定する権利を一方的に侵害されて損害を被った⇒
被告に対し、
主位的に、国会が当該損害を賠償する立法措置を執らなかった立法不作為又は厚生労働大臣が当該損害を賠償する立法等の施策を執らなかった行為の各違法を理由に、
予備的に、国賠法4条により適用される民法724条後段の除斥期間の規定を本件に適用することが違憲となると主張して、
当時の厚生大臣が本件優生手術を防止することを怠った行為の違法を理由に、国賠法1条1項に基づき損害賠償を求めた事案。
<争点>
①本件立法不作為又は本件施策不作為に基づく損害賠償請求権の成否
②本件防止懈怠行為に基づく損害賠償請求権の成否
③民法724条後段(除斥期間)の適用の可否
④損害額
<判断>
争点①③については判断を示し、
争点②④については判断をすることなく、原告らの請求をいずれも棄却。
<判断・解説>
●リプロダクティブ権侵害の成否
◎ 子を産み育てるかどうかを意思決定する権利(リプロダクティブ権)は、いわゆる自己決定権の一類型であると位置づけられる。
◎ 自己決定権:
最高裁H12.2.29(「最高裁平成12年判決」)が、輸血を伴う医療行為を受けるか否かについて意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならないとして、前記権利を正面から認めている。
◎ 本判決:
最高裁平成12年判決が説示するところを踏まえ、リプロダクティブ権についても、子を産み育てることを希望する者にとって幸福の源泉となり得る⇒人格的生存に関わるものとして、人格権の一内容を構成する権利であると判断。
旧優生保護法が子を産み育てる意思を有していた者にとってその幸福の可能性を一方的に奪い去り、個人の尊厳を踏みにじるものであって、旧優生保護法の規定に合理性があるというのは困難⇒旧優生保護法の規定が憲法13条に違反し無効。
本件優生手術がリプロダクティブ権を違法に侵害する行為であると認定。
~
本判決は原告らの請求を棄却しつつも、前記の侵害行為を認定。
←
①本件立法不作為の違法性を判断するに当たっては、憲法17条の違憲審査喜寿を示した最高裁H14.9.11(「最高裁平成14年判決」)を踏まえ、侵害される法的利益の種類及び侵害の程度が検討要素として考慮されるべきことになる。
②本判決は争点①を判断するために、リプロダクティブ権侵害の成否及びその前提問題となる旧優生保護法の違憲性についても判断。
◎ 本判決:
リプロダクティブ権のほか、プライバシー権についても言及。
リプロダクティブン権:
「人格権の一内容を構成する権利」として法的権利性を認めている。
プライバシー権:
「人格権に由来する権利」として法的権利性を認めており、
本判決中において表現振りを書き分けている。
リプロダクティブ権は、人格的生存の根源にかかわるものであって、生命、身体とともに極めて重大な保護法益
⇒最高裁昭和61.6.11(北方ジャーナル事件)にいう「人格権としての名誉権」と同様に、リプロダクティブ権を損なう行為は直ちに違法となり、これを適法とするには、前記行為を行った者が違法性を阻却する事由を主張立証すべき。
「人格権に由来する権利」としてのプライバシー権については、プライバシーを損なう行為が直ちに違法となるものではなく、当該行為を受けた者が違法性を裏づける事由を主張して初めて違法となると解した。
●立法不作為の違法性について
◎ 立法不作為の違法性について、
最高裁の基準(平成17年基準):
①法律の規定が憲法上保護され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合
②国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合。
という2つの類型を示す。
<規定>
憲法 第17条〔国及び公共団体の賠償責任〕
何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
◎ 本判決:
前記②の類型を適用し、
①所要の立法措置を執ることが必要不可欠であるかどうか(「必要不可欠要件」)、
②必要不可欠性が明白であるかどうか(「明白性要件」)
を区別して判断。
〇①必要不可欠要件
当該存賠償請求権を行使する法律としては、公務員の不法行為に対する損害賠償制度として、憲法17条に基づき国賠法が既に制定
⇒
本件で問題となる必要不可欠要件とは、国賠法の制定にとどまらず、同法4条の規定により適用される除斥期間の規定により消滅した損害賠償請求権につき、少なくともその一部については除斥期間がの規定の効果が生じないとして損害を補償する立法措置を制定することが必要不可欠かどうか?
憲法17条に違反しない場合には救済法の制定は国会の立法政策に委ねられている⇒救済法を制定することは必要不可欠であるということはできない。
but
本判決:
本判決に掲げる特別の事情の下においては、本件優生手術を受けた者が、本件優生手術の時から20年経過する前にリプロダクティブ権侵害に基づく損害賠償請求権を行使することは現実的に困難
⇒国賠法の制定にとどまる救済法を制定することが必要不可欠。
〇②明白性要件
我が国におおいてはリプロダクティブ権をめぐる法的議論の蓄積が少なく、本件規定及び立法不作為につき憲法違反の問題が生ずるとの司法判断が今までされてこなかった事情⇒明白性を否定。
〇最高裁平成27年大法廷判決:
前夫との離婚後、6か月の再婚禁止規定を定める民法733条1項の規定(「再婚禁止規定」)があるために後夫との婚姻(再婚)が遅れ、これによって精神的苦痛を被った⇒国賠法1条1項にもtづき損害賠償を求めた事案:
再婚禁止規定を改廃する立法措置をとらなかったことについて、再婚禁止規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分が違憲であることが国会にとって明白であったというのは困難⇒同項の適用上違法の評価を受けないと判断。
立法不作為の違法性評価の当てはめにおける具体的な検討要素
①再婚禁止規定の不合理性ないし違法性が国会にとって容易に理解可能であったか否か
②再婚禁止規定をめぐっては、100日超過部分を撤廃する趣旨の平成8年民法要綱が公表され、また、諸外国が再婚禁止期間を廃止する傾向にあった
③再婚禁止規定については、憲法判断を示することがなく立法不作為の違法性を否定した最高裁(平成7年12月5日)の先例
④再婚禁止規定の違憲性に言及する司法判断は今回初めて
⇒
違憲の明白性を否定。
〇 本判決:
本判決で提出された証拠関係
⇒
①救済法を制定しないことが憲法17条に違反することまで議論がなされていた事情は認められず、
②諸外国の傾向もそれぞれの国が採用する損害賠償制度が同一でない
⇒
最高裁平成27年大法廷判決と同様に、これらの事情をもって直ちに違法性の明白性につながる要素とはいえない。
〇
×A:旧優生保護法が違憲無効であることは明らか⇒直ちに明白性要件を充足するとの見解
vs.
本件における違憲性の明白性は、
憲法17条に基づき既に国賠法が制定⇒国賠法の制定にとどまらず救済法を制定しないことが憲法17条に違反することが国会にとって明白であったことを意味。
〇 本判決:
明白性要件と否定する判断を示したものの、飽くまで本件口頭弁論終結時点における判断。
本判決が、旧優生保護法の本件規定が違憲無効であり救済法の制定が必要不可欠であると判断
⇒最高裁平成27年大法廷判決にいう検討要素①及び④に係る事情が本判決によって変更。
本件口頭弁論終結日以降においては、憲法17条の法意を斟酌した救済法の制定が必要不可欠であり、
それにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたって救済法の制定を怠る場合には、その立法不作為は、将来的に国賠法1条1項適用上違法の評価を受ける余地を残す。
救済法とは、
除斥期間の経過により消滅した損害賠償請求権につき、少なくともその一部については除斥期間の規定の効果が生じないとして損害を補償する立法措置。
but
除斥期間が経過して権利が消滅したにもかかわらず、その後に除斥期間の規定の効果を生じないとする法的構成については、最高裁平成21年判決における田原裁判官が、理論的に極めて困難な解釈をしていると指摘。
●民法724条後段(除斥期間)の適用の可否
◎ 最高裁平成14年大法廷判決:
国又は公共団体は公務員の行為により不法行為責任を負うのが原則であり、立法府に無制限の裁量権を付与したり、白紙委任を認めたものではない
⇒
公務員の不法行為による国又は公共団体の損害賠償責任を免除し又は制限する法律が、立法府の裁量権を逸脱するものであるときは、憲法17条に違反し、無効となる。
本判決:
国賠法4条が適用する除斥期間の規定が損害賠償請求権を消滅させるもの
⇒同規定は最高裁平成14年大法廷判決にいう責任制限規定の1つ。
but
除斥期間の規定の目的の正当性並びに責任制限を認めることの合理性及び必要性を総合的に考慮
⇒除斥期間の規定を適用することが憲法17条違反となるものではない。
◎ 除斥期間が経過したものの、その適用の効果を否定した最高裁判例が2つ。
除斥期間の効果を否定する場合として
①時効の停止等その根拠となる規定があり(「第1要件」)、かつ
②除斥期間の規定を適用することが著しく正義・公平に反する事案(「第2要件」)
に限定して、一定の例外を認めつつも、その要件に厳格に絞りをかける。
〇最高裁平成10年判決
被害者が予防接種を原因として重い障害を負い、心神喪失の常況にあるという事案において、不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6か月内において不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産者宣告を受け、後見人に就職した者がその時から6か月以内に当該損害賠償請求権を行使
~
民法158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じないと判断。
時効停止の規定である民法158条を「類推適用」そのではなく、その「法意」に照らして除斥期間の適用を適用を制限するもの。
~
法律関係の速やかな確定のために期間の経過により画一的に権利が消滅するという除斥期間の性質に照らして、その例外を認めるのは相当ではない
⇒単に時効停止事由に相当する自由があるというだけで時効停止の規定を除斥期間に類推適用するのではなく、条理や正義・公平の理念を根拠とし、心神喪失の常況が加害者の不法行為に起因することを要件に加えることにより、除斥期間の例外に一層の絞りをかけた趣旨⇒最高裁平成10年判決の射程範囲は極めて短いものと解されている。
〇最高裁平成21年判決
被害者が殺害されその死体が隠匿されたため長期間にわたって行方不明とされていたが、その約26年後に加害者が自首して死体が発見
~
被害者を殺害した加害者が被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し、そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確定しないまま前記殺害の時から20年が経過した場合において、その後相続人が確定した時から6か月以内に相続人が前記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなどの特段の事情があるときは、
民法160条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じない。
~
最高裁平成10年判決の判断枠組みを踏襲し、
第1要件については、民法160条の趣旨に言及しつつ、相続人が被相続人の死亡の事実を知らない場合は同法915条1項所定のいわゆる熟慮期間が経過しないため、相続人は確定しないことそ指摘するとともに、
第2要件については、加害者が相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出したためであること指摘し、
両要件のいずれも充足。
平成21年判決の射程範囲も短い。
田原反対意見:
除斥期間と解する場合には具体的妥当な解決を図ることは法論理的に極めて難しい。
◎ 本事案:
各適用除外判決がいずれも指摘した民法158条又は同法160条に沿うとするような法的根拠はない⇒第1要件を欠く。
国賠法の制定に加えて救済法を制定することが必要不可欠であると説示するもの⇒救済法の制定が前提とされていない各適用除外判決の事案とは、事案を異にする⇒第2要件も欠く。
本判決:
除斥期間の規定を前提としても、被害の回復を全面的に否定することは、憲法13条憲法17条の法意に照らし是認されるべきものではない旨説示
~前記の第2要件を欠く趣旨をいう。
判例時報2413
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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