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2019年8月31日 (土)

解離性同一性障害と責任能力

東京高裁H30.2.27    
 
<事案>
窃盗(万引き)により執行猶予中の被告人が、同一日に、三店舗において、靴、化粧品、衣服等多数の物品を万引きした事案。 
 
<争点>
被告人が本件各犯行当時、
① 解離性同一性障害にり患していたか否か
②主人格とは別の人格状態にあったのか否か
③被告人の責任能力の有無・程度
 
<原判決>
被告人は本件各犯行当時、
①解離性同一性障害にり患していたが、
②主人格と別の人格状態にあった旨の被告人の原審公判供述は信用出来ないとして、
③完全責任能力を肯定。 
 
<判断>
●争点①②を肯定した上で、心神耗弱を認定し、原判決を破棄。 
 
●責任能力の判断基準 
弁護人:
副人格の行為について主人格が責任を負うべきではないという見解を前提に、副人格の状態で犯行に及んだ場合、一律に責任能力を欠く旨主張。
本判決:
解離性同一性障害における人格状態のありようについて、同障害の診断基準を踏まえて検討した上で、副人格の状態であるとの一事によって責任能力が否定されるのは明らかに不合理

解離性同一性障害にり患した者の責任能力の判断基準について、副人格が現れた点を含む同障害の症状の態様や程度によって、どのような影響を受け、犯行に及んだかを検討し、その責任能力を判断すべき
 
●本件事例へのあてはめ 
①被告人は、本件当時、人格状態が交代したこと自体について認識していたが、主人格が人格状態をコントロール等することはできない上、主人格が交代した副人格の行為中に副人格の行為を認識したり、影響を与えたりすることもできなかった。
②副人格が被告人の状況を認識して内省を深められるかも一切明らかでなく、社会生活を送る上で副人格の状態にある被告人が内省を深める機会を持ちえたとも認められない。
③主人格である被告人が内省、後悔しても、副人格に影響を与えて副人格の内省が深まるような関係にないと認められる。

副人格の人格状態にあった被告人が、万引きについて、是非を弁識し行動を制御し得たと認めるには合理的疑いが残る⇒完全責任能力は認められない。

①被告人は、周囲の注目を引くことなく本件犯行を実行できた⇒副人格の人格状態になったからといって、周囲の状況を認識する能力や目的合理的な行動をとる能力が障害されていたとは認められない
②店員の様子を気にしながら商品をリュックサック等に隠し入れていた⇒副人格の状態にあった被告人が万引きが許されない行為であるとの意識を全く欠いていたとは認められない
③副人格は主人格が欲していたジャムも万引き⇒主人格の願望を実現したという側面もうかがわれる
④副人格は、主人格と趣味や性格が異なるが全く相容れない人格状態とは認められない

副人格の状態にあった被告人は、社会生活一般に関して相応の判断能力や行動制御能力を備えているように見られるのであって、主人格の状態の被告人と断絶したものではないなどとして、心神耗弱を肯定
 
<解説>
●解離性同一性障害にり患した者の責任能力の判断基準
A:行為者人格的アプローチ:
行為時の副人格に対して完全な責任能力を問うことが可能であるという考え方

B:グローバルアプローチ:
犯行時の人格以外の主人格を含めて、1個の人間⇒その人間に対して、行為時の人格のみを根拠に刑罰を科すことはできないとする考え方。
主人格と行為時人格との関連(記憶の存否・程度等)を問題とすべき。
b1:常に責任無能力とする見解
b2:主人格が交代人格の行動を関知、コントロールできなければ常に責任無能力とする見解
b3:犯行時の人格にかかわらず、是非弁別能力・行動制御能力を欠く場合のみ責任無能力とする説
 
●東京高裁H30.7.10:
被告人が多重人格障害にり患し、昏睡強盗を行った当時に第2人格が出現していた可能性があるとされた事案において、
多重人格障害にり患し複数の人格が出現する場合でも、同障害そのものを理由として直ちに責任能力を否定することは相当ではなく、
当該行為時に現れていた人格の性質・特徴等も踏まえ、行為時やその前後における言動等を総合して、責任能力の有無・程度を判断するのが相当。
①犯行動機が合理的で了解可能であり、
②高度な現実認識や知的判断の下で行われて計画的犯行であって、
③犯行時の行動も被告人の普段の人格から大きくかい離しておらず、
④本件が第二人格の出現によって初めて犯されるに至った犯行であるともいえない

完全責任能力を肯定。 

判例時報2409

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