詐欺の故意・共謀が争われた事案
高松高裁H30.3.1
<事案>
キャッシュカードを詐取した詐欺の事案。
<判断>
被告人は、平成28年5月頃までに、Z1から1回2万円の報酬でキャッシュカードを使ってATMから現金を引き出す「仕事」を引き受けた。
被告人の公判供述⇒その時点で、被告人は、そのカードが詐欺によって入手される又は入手されたカードであると認識していたという原認定は是認できる。
原判決:被告人が各詐欺の実行前に各回の「仕事」を引き受けて、徳島市に移動⇒各詐欺の故意及び共謀を認めた。
but
これを認めるためには、各「仕事」を引き受けた時点において、もしくは各詐欺が行われる時点までに、被告人が、これから詐欺が行われるであろうことを認識している必要がある。
この種の一連の犯行では、被害者が詐欺に気付く前に速やかに現金を引き出す必要があり、詐欺の実行前に現金引出役を確保して待機させておく場合が少なくない⇒こうした仕組みを知っていれば、現金引出しの依頼を受けるに当たり、これからキャッシュカードをだまし取る可能性があることも思い至る。
but
5月の詐欺については、被告人が「仕事」を誘われたのは5月頃で、5月の詐欺の前に「仕事」をしたのは2回であり、Z1からの説明も簡単なもの
⇒それ以前い被告人が前記知識を有していたとは認められず、これから詐欺が行われるであろうことを未必的にせよ認識したことは認められない。
9月の詐欺については、
①5月の引出しの際に待機していたがキャッシュカードを受け取るにいたらなかった経験をしたこと、
②その後、同様の指示を受けて約20件の引出しを繰り返したこと
⇒
被告人は、9月の詐欺に係る「仕事」を引き受けた時点において、既にい一連の犯行の仕組みを相当程度理解しており、指示役と通じた者が、これからキャッシュカードをだまし取ることを未必的に認識していたと認定することができる。
被告人は、
(1)
①現金引出しがキャッシュカード詐欺の実質的利益を確保するための不可欠な行為であることや、
②確実に現金を引き出すためには、引出役が現地で待機している必要があることを認識していたと推認することができる
(2)一連の犯行に深くかかわっていたZ1の指示を受けて、約5か月の間、報酬約束の元、現金引出役として多数回行動してきたという被告人の立場
⇒
Z1らと詐欺についても共謀していたものと認められる。
<解説>
●一連の犯行に深くかかわっていれば、キャッシュカードの詐欺の(広義の)共犯になり得るが、引出し以外の関与を示す証拠が乏しい場合は、現金の窃盗だけを起訴されることが多かった。
●振り込め詐欺の出し子について、振り込め詐欺の被害金をATMから引き出す行為は、それが自己の口座からであっても窃盗罪に当たるとされている。
引出役について振り込め詐欺の共犯の成否が問題となった事例:
神戸地裁H24.3.7:
ATMからの引出行為を反復していた者がATMからの窃盗ではなく、特殊詐欺の被害者に対する組織犯罪処罰法上の組織的詐欺として起訴された事案において、被告人が詐欺の被害金であると認識していたとは認められないとして無罪とした。(控訴審は有罪)
広島高裁H25.4.23:
架空会社の社債募集を仮装した詐欺につき、被告人は単なる引出行為にとどまらず、共犯者の指示に従って、虚偽のパンフレットの送付、口座の凍結確認、引出後の送金などによって深く関与していたとして、詐欺の共同正犯を肯定。
●被告人は、キャッシュカードが詐欺等に係るものであると認識していたことは認めていたものの、控訴審において、現金引出しを指示された時点では既にカードが手に入っていると思っていたと供述。
⇒
被告人が客観的に詐欺を促進する行為をした時点において、主観的に詐欺は既遂に至っていると思っていたというのであるから、被告人には、現金引出しを引き受けたことが詐欺の実行を促進することの認識、すなわち詐欺の故意はなく、実行犯ないしこれを相通じた者(Z1)との間での意思連絡も存在しないこととなる(詐欺の幇助にもならない)。
類似行為の反復から故意を推認:
最高裁H30.12.11:
現金送付型特殊詐欺の受け子の故意に関し、被告人が約20回異なるマンションの空室で異なる名宛人になりすまして、配達された荷物を受取回収役渡していた⇒荷物が詐欺を含む犯罪に基づき送付されたことを十分に想起させるものであると説示。
被告人は「だましたカードを持ってくるとは聞いていました」
⇒自分の受け取るカードが既にだまし取ったものであろうと、これからだまし取るものであろうと、どちらでも構わないつもりであったともいえる。
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指示役からの簡単な説明と、被告人の乏しい経験
⇒
5月に現金引出しを引き受けた時点では、既にキャッシュカードをだまし取っているのか、これからだまし取るのかについて、被告人が格別意識していたとは認められず、結局、未必的にせよ、これから関係者がだまし取るという認識が被告人にあったとは認められないということ。
●
①一連の犯行における引出役の重要性
②被告人がZ1を指示役とする同種の犯行に多数回関与して、報酬を得ていたこと等
⇒9月の詐欺について共謀共同正犯を肯定。
but
①被告人の詐欺に対する貢献は限定的
②被告人に詐欺に加担する意思があってもなくても報酬額は同じであった可能性もある
⇒共同正犯性については議論の余地もある。
千葉地裁H30.1.23:
現金送付型特殊詐欺において、送付先で被害金の入った宅配便を受け取り、これを運搬して詐欺の関係者に交付したバイク便会社従業員(ライダー。同社経営者は自身の裁判で詐欺の共同正犯と認定された)につき、
被告人は、詐欺が既遂に達する前に運搬の依頼を受け、詐欺の被害金であることも認識していたが、意思連絡の程度も詐欺に対する寄与度も乏しいとして、詐欺の共同正犯も幇助犯も否定(予備的蘇秦の盗品等運搬罪を認めた。東京高裁H30.11.27もこれを是認し検察官控訴を棄却。)。
現金受取型又は送付型特殊詐欺の受け子の共同正犯性に否定的な見解もある。
判例時報2407
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