有罪⇒事実誤認で無罪⇒有罪(最高裁)
最高裁H30.7.13
<事案>
被告人が、約2週間前まで店長を務めていたホテルの事務所で金品を物色中、支配人Cに発見されたことから、金品を強取しようと考え、殺意をもってCの頭部を壁面に衝突させ、頸部をひも様のもので絞めつけるなどして犯行を抑圧し、現金約43万2910円を強取し、その際、前記暴行により、Cに遷延性意識障害を伴う右側頭骨骨折、脳挫傷、硬膜下血腫等の傷害を負わせ、6年後に死亡させて殺害したとされる強盗殺人の事案。
<一審>
被告人を本件の犯人と認定し、懲役18年
<原審>
被告人を犯人と認定した第一審判決には事実誤認がある⇒第一審判決を破棄し、被告人に対し無罪の言渡し。
<判断>
被告人を殺人及び窃盗の犯人と認めて有罪とした第一審判決に事実誤認があるとした原判決は、全体として、第一審判決の説示を分断して個別に検討するのみで、情況証拠によって認められる一定の推認力を有する間接事実の総合評価という観点からの検討を欠いており、第一審判決が論理則、経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものとはいえず、刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり、同法411条1号により破棄を免れない。
<規定>
刑訴法 第三八二条[事実誤認と判決影響明白性]
事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。
刑訴法 刑訴法 第四一一条[著反正義事由による職権破棄]
上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
二 刑の量定が甚しく不当であること。
三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
四 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
五 判決があつた後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があつたこと。
<解説>
●控訴審における事実誤認の審査方法:
A:原判決の事実認定に論理則・経験則違反があることを事実誤認と捉える論理則・経験則違反説
B:第一審判決に示された心証ないし認定と控訴審裁判官のそれとが一致しないことを事実誤認と捉える心証優先説(心証比較説)
最高裁H24.2.13は、論理則・経験則違反説を採用することを明らかにし、
最高裁H26.3.20は、刑訴法382条の解釈適用に関し、第一審判決が有罪の場合であっても、論理則・経験則違反説が妥当する旨を示した。
●情況証拠による事実認定について
最高裁H19.10.16:
刑事裁判における有罪の認定に当たっては、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要。
合理的な疑いを差し挟む余地がないとは、
反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、
抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、
健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、
有罪判決を可能にする趣旨。
このことは、直接証拠によって事実認定をすべき場合と、情況証拠によって事実認定をすべき場合とで、何ら異なるところはないというべき。
最高裁H22.4.27:
刑事裁判における有罪の認定に当たっては、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要であるところ、
情況証拠によって事実認定をすべき場合であっても、直接証拠によって事実認定をする場合と比べて立証の程度に差があるわけではないが(平成19年判決参照)、
直接証拠がないのであるから、
情況証拠によって認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要する
ものというべきである。
本件判示のいうような事実関係の存在を、
〇A:総合認定の結果として要求するのか
B:総合認定に参加している具体的な間接事実中に要求するのか
vs.
自由心証主義(刑訴法318条)に抵触し、間接証拠による総合評価という概念を否定するに等しい
「事実」ではなく「事実関係」
⇒これが、決め手となる1個の事実を総合判断した評価として、
「被告人が犯人でないとしならば合理的に説明することができない(あるいは少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれている」という心証に達することを求めているもの。
~
個々の間接事実それ自体は被告人以外の者による犯行の可能性を否定するだけの推認力を有しないが、それらの間接事実が示す犯人の条件を同時に満たす者は被告人以外にはあり得ない場合がある。
but
全ての間接事実を総合しても被告人以外の者による犯行であるとの合理的な疑いを差し挟む余地があるにもかかわらず、「被告人が犯人であることを前提とすれば全ての事実が矛盾なく説明できる」との一面的な評価のみをもって被告人を有罪とすることは許されない。
また、およそ推認力の乏しい間接事実のみををいくら積み重ねたところで、「合理的な疑いを差し挟む余地のない」程度の証明に達することは想定し難い。
but
情況証拠による事実認定は、情況証拠によって認められる一定の推認力を有する間接事実を積極・消極の両面から総合評価することにより、「合理的な疑いを差し挟む余地のない」程度の立証に達していると判断できるか否かという観点から行うべきものであって、
有罪の認定をする前提として、総合評価の基礎となる個々の間接事実それ自体が、「被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは少なくとも説明が極めて困難である)」という程度の推認力を有することは要しない。
●本判決:
原判断には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとしたが、
具体的には、
①本件犯人が現場事務所から少なくとも2百数十枚の千円札を奪取し、その約12時間後に被告人がATMから自己名義の預金口座に230枚の千円札を入金したという客観的事実自体の推認力を検討していない点
②千円札所持の経緯に関する被告人の説明が信用できないとした第一審判決の理由の説示を分断し、理由をほとんど示さないまま、被告人の説明によれば第一審判決の判断は不合理であるなどと結論付けている点
③被告人が本件発生時刻前後の40分間以上にわたり本件ホテル付近にいた事実の推認力について、千円札に関する間接事実との総合考慮を欠いている点
の3点を挙げている。
一般に、情況証拠による事実認定は、
①間接証拠による間接事実の認定
②認定された間接事実による要証事実の推認
の2つの過程を経るものと理解されており、
控訴審の事実誤認の審査もこれらの2つの過程に関する第一審の判断に論理則・経験則違反がないか否かという観点から行うべきものと解されるところ、
本判決は、原判決が②の観点からの検討を欠いている点で刑訴法382条に違反するものとした。
判例時報2403
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