自動車死傷法2条5号の危険運転致死傷罪の共同正犯が肯定された事案
最高裁H30.10.23
<判断>
被告人とAが、それぞれ自動車を運転し、赤色信号を殊更に無視して本件交差点に進入し、被害者5名が乗車する自動車にA運転車両が衝突するなどしてうち4名を死亡させ、1名に重傷を負わせた交通事故について、
被告人とAが、互いに、相手が本件交差点において赤色信号を殊更に無視する意思であることを認識しながら、相手の運転行為にも触発され、速度を競うように高速度のまま本件交差点を通過する意図の下に赤色信号を殊更に無視する意思を強め合い、時速100kmを上回る高速度で一体となって自車を本件交差点に進入させたなどの本件事実関係の下では、被告人は、A運転車両による死傷の結果も含め、自動車死傷法2条5号の危険運転致死傷罪の共同正犯が成立する。
<解説>
●立法担当者解説:
危険運転致死傷罪は、
一次的には人の生命・身体の安全を、二次的には交通の安全を保護法益とする犯罪であり、
故意に危険な自動車の運転行為を行い、その結果人を死傷させた者を、
その行為の実質的危険性に照らし、
暴行により他人を死傷させた者に準じて処罰しようとするものであって、
暴行の結果的加重犯としての傷害罪、傷害致死罪に類似した犯罪類型。
危険運転致死傷罪の共同正犯の理論構成
A:被害者4名に対する危険運転致死傷罪の実行行為を(現に衝突行為を起こした)Aの危険運転行為と捉えた上で、被告人とAの走行態様が互いに相手の赤色信号殊更無視の意思決定を強化し、また、拘束し合う作用を有しており、被告人に共謀共同正犯が成立
〇B:本件危険運転致死傷罪の実行行為を「被告人とA双方の危険運転行為」と捉えた上で、被告人とAが黙示の共謀により共同して各自の危険運転行為を行っており、被告人にも実行共同正犯が成立。
本判決:
「被告人とAとは、赤色信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する意思を暗黙に相通じた上、共同して危険運転行為を行ったものといえる」⇒B説。
● 共同正犯が成立するには、
共犯者間に、共同実行の意思(共謀)及び、共同実行の事実が存することが必要。
but
判例上、実行行為を分担しない共謀者にも共同正犯が成立し得る、共謀共同正犯を肯定。
今日の学説上、
共同正犯の成否の問題を、
①不可罰の関与行為と広義の共犯の区別(共犯性)、
②広義の広範の成立を前提とした共同正犯と狭義の共犯の区別(正犯性)
の2つに分けて捉え、それぞれ異なる基準によって判断する見解が有力。
片面的共同正犯を否定する判例・通説
⇒共謀の存在が共同正犯と同時犯ないし片面的共犯を区別する要素(相互性・共同性)ともなる。
● A:本件を共謀共同正犯と捉える見解
~
一連の走行態様等から、お互いが高速度のまま減速することなく、本件交差点に向かって走行し続けたことが、相手の赤色信号殊更無視の意思決定を許可し、また、拘束し合うという強い心理的因果を相互に及ぼしており、そのような被告人とAの「共謀」が共犯性のみならず正犯性をも基礎付けると捉えている。
vs.
①無謀な高速度走行をする者が必ずしも赤色信号を殊更無視して走行するわけではない。
②被告人とAとの間には、赤色信号を殊更無視して本件交差点に進入することについての明示的な事前共謀はなく、本件事故直前にも共に赤色信号殊更無視に及んでいた等の事情もない。
③本件交差点手前において先行していたのはA車であり、本件交差点に赤色信号を殊更無視して進入することについての意思決定も、どちらかといえばAに主導権があったとみるのが自然。
⇒
両者の運転行為が互いに相手の赤色信号殊更無視の意思を強め合う関係にあったという意味において、前記の「共犯性」及び「相互性」を満たす程度の黙示の共謀があったとはいえようが、
それを超えて、共謀のみで被告人の「正犯性」を基礎付ける程度の強い心理的因果が及んでいたといってよいかは、なお疑問の余地がある。
B:本件を実行行為共同正犯と捉える場合
~
被害者車両と衝突しておらず、被害者4名の死傷の結果には何らの直接的因果関係が及んでいない被告人の危険運転行為が、被害者4名に対する本件危険運転致死傷罪の(共同)実行行為といえるか?
付加的共同正犯:
甲と乙が殺意をもって共謀の上、丙を狙って同時にピストルを発射⇒甲の弾丸が命中して丙を死亡させたが、乙の弾丸は外れて命中しなかった場合の乙。
~
共同正犯に当たること自体は、学説上もおおむね異論はないが、共犯の処罰根拠を共犯行為による法益侵害の惹起に求める今日の多数説の立場から、自らの実行行為が最終的な結果に何ら物理的因果関係を及ぼしていない付加的共同正犯が正犯として処罰される根拠につき、単に実行行為を行ったという形式的な理由にとどまらない実質的な理由付けが必要との問題意識。
①赤色信号殊更無視による危険運転致死傷罪の実行行為は、通常、赤色信号の交差点を通過するごく短時間に限られている
②本罪の故意は「赤色信号を殊更に無視し、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転すること」であって、法益侵害結果の認識はもちろんのこと、暴行や通行妨害目的のような特定の客体に対する他害の意思すら要求されず、共犯者間の共謀の内容も前記運転行為の共同以上に要求し得ない
⇒
赤色信号殊更無視による危険運転致死傷罪において、被害者の死傷結果に直接的因果関係を及ぼしていない実行行為者の「正犯」性を肯定するためには、その行為が現に死傷の結果を生じさせた共犯者の行為と「一体となって」行なわれ否か(=時間的・場所的接近性)が、客観的にも主観的にも重要なファクターになる。
本決定が、被告人に共同正犯が成立する事情の1つとして、
「被告人とAが時速100kmを上回る高速度で「一体となって」本件交差点に進入した」ことを挙げているのは、このような理解による。
判例時報2405
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