JR福知山線脱線事故と歴代社長の刑事責任(業務上過失致死傷罪)(否定)
最高裁H29.6.12
<事案>
JR福知山線脱線事故について、JR西日本の歴代社長であった被告人3名が、検察審査会の強制起訴議決により指定弁護士から強制起訴された業務上過失致死の事案。
<公訴事実>
被告人らにおいて、ATS整備の主管部門を統括する鉄道本部長に対し、ATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務があったのに、これを怠った過失があるとするもの。
<争点>
指定弁護士:
被告人らにおいて、運転士が適切な制動措置をとらないまま本件曲線に侵入することにより、本件曲線において列車の脱線転覆事故が発生する危険性を予見できた旨主張⇒被告人らの具体的予見可能性の有無が争点。
<解説>
●学説上、予見可能性が過失犯の成立に必要な要件であることはおおむね異論がないが、どのような場合に予見可能性を肯定することが許されるかについて、過失犯の構造に対する理解((修正)旧過失論、新過失論、新・新過失論)の対立と密接に関連して、見解が分かれる。
A:具体的予見可能性を要求する見解
B:課されるべき義務の内容如何によっては低い予見可能性で足りるとする危惧感説
C:注意義務が設定される時点の抽象的な危険の予見可能性で足りる
予見可能性の対象:
A:故意犯と同様に、結果及び因果経過の基本的部分が予見可能性の対象となる
B:現実の因果経過についての予見可能性は不要
●判例上、
弥彦神社事件決定(最高裁昭和42.5.25):
過失とは結果の予見可能性とその義務、結果の回避可能性とその義務によって構成される注意義務に違反すること
予見可能性の対象・程度に関し
北大電気メス事件控訴審判決(札幌高裁昭和31.3.18)をはじめとする下級審判例・裁判例:
結果及び因果関係の基本的部分を予見対象とする具体的予見可能性説を採用していると評価
予見可能性の有無が争われた最高裁判例:
ホテルの防火防災対策の不備を認識⇒いったん火災が起これば初期消火の失敗等により本格的な火災に発展し、宿泊客らに死傷の危険の及ぶおそれがあることは容易に予見できたとして経営者の過失を肯定(川治プリンスホテル事件、最高裁H2.11.16、ホテルニュージャパン事件(最高裁H5.11.25)
現実に生じた因果関係を具体的に予見できなかったとしても、ある程度抽象化された因果経過は予見可能だったとして工事施工者の過失を認めた、近鉄生駒トンネル火災事件決定(最高裁H12.12.20)
~
具体的予見可能性を厳格に要求する立場には立っていない。
<判断・解説>
●本決定:
本件公訴事実が、
①鉄道本部長に対してATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務違反を問うものであること、及び
②被告人らにおいて、運転士が適切な制動措置をとらないまま本家曲線に侵入することにより、本件曲線において列車の脱線転覆事故が発生する危険性を予見できたこと
を前提とすることを指摘。
本件公訴事実:
「JR西日本管内に数多くある曲線のうち、本件曲線に特化された脱線転覆事故発生の危険性の認識(可能性)」を前提とする本件曲線へのATS整備指示義務を問うもの
⇒そのような危険性の認識可能性がなければ、被告人らにこれを根拠とする本件公訴事実記載の注意義務があったとはいえないであろう。
●本決定:
①本件事故以前の法令上、ATSに速度照査機能を備えることも、曲線にATSを整備することも義務付けられておらず、大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備していなかった
②本件事故後に改正された国土交通省令及びその解釈基準等で示された転覆危険率を用いて脱線転覆の危険性を判別し、ATSの整備箇所を選別する方法は、本件事故以前において、JR西日本はもとより、国内の他の鉄道事業者でも採用されていなかった
③JR西日本の職掌上、曲線へのATS整備は線路の安全対策に関する事項を所管する鉄道本部長の判断に委ねられており、被告人ら代表取締役においてかかる判断の前提となる個別の曲線の危険性に関する情報に接する機会は乏しかった
④JR西日本の組織内において、本件曲線における脱線転覆事故発生の危険性が他の曲線におけるそれよりも高いと認識されていた事情もうかがわれない
こと等
⇒
被告人らが、管内に2000か所以上も存在する同種曲線の中から、特に本件曲線を脱線転覆事故発生の危険性が高い曲線として認識できたとは認められない。
●指定弁護士:
本件曲線において列車の脱線事故が発生する危険性の認識に関し、
「運転士がひとたび大幅な速度超過をするば脱線転覆事故が発生する」という程度の認識があれば足りる
本決定:
本件事故以前の法令上、ATSに速度照査機能を備えることも、曲線にATSを整備することも義務付けられておらず、大半の鉄道事業者は曲線にATSを整備していなかったこと等の本件事実関係
⇒
上記の程度の認識をもって、本件公訴事実に係る注意義務の発生根拠とすることはできない。
<解説>
●本決定の前段:
公訴事実記載の「本件曲線に特化された脱線転覆事故発生の危険性の認識(可能性)」 を否定
but
実体法上、本件の訴因である「鉄道本部長に対してATSを本件曲線に整備するよう指示すべき業務上の注意義務」の発生根拠は、
必ずしもそのような本件曲線に特化された予見可能性がある場合に限られるものではない。
本件と同様に経営者の管理・監督過失が問われた前掲の川治プリンスホテル事件、ホテルニュージャパン事件の各決定は、
「いったん火災が起これば初期消火の失敗等により本格的な家裁に発展し、宿泊客らに死傷の危険の及ぶおそれがあることは容易に予見できた」という程度の予見可能性をもって経営者の過失を肯定
~
現実に生じた火災の原因・場所等、具体的火災の発生の予見可能性は問題とされていない。
but
これらの判例において経営者の過失が肯定されたのは、
小貫裁判官の補足意見が指摘するとおり、
火災発生の期k背んがあることを前提として法令上の義務付けられた防災体制や防火設備の不備を認識しながら対策を怠っていた等、一定の義務発生の基礎となる事情が存在したからであって、
前記の程度の予見可能性のみによって過失が肯定されたわけではない。
「どの程度の予見可能性があれば過失が認められるかは、個々の具体的な事実関係に応じ、問われている注意義務ないし結果回避義務との関係で相対的に判断されるべきもの。これを所論が援用する判例との関係でみると、火災発生の危険があることを前提として法令上義務付けられた防災体制や防火設備の不備を認識しながら対策を怠っていた等、一定の義務発生の基礎となる事情が存在する大規模火災事例における予見可能性の問題と、そのような事情が存在したとは認められない本件のそれを同視することは相当ではない」
(MKA:義務違反⇒抽象的予見可能性でいい?予見可能性+義務違反⇒過失?)
結果回避義務(又は作為義務)の有無を判断する上で、以上のような法令上の規定の有無や同業者間における一般的な対策状況は、重要な考慮要素になり得る。
判例時報2402
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