危険運転致死傷罪の成立を否定し予備的訴因の過失運転致死傷罪の成立を認めた事案
宮崎地裁H30.1.19
<解説>
自動車死傷法3条2項の危険運転致死傷罪:
自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し、その結果正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた場合に成立。
そして、同法施行令3条は、道路交通法令において運転免許の欠格事由として列挙されている例を参考に、自動車の運転に支障を及ぼすおそれのある病気として、「意識障害又は運動障害をもたらす発作が再発するおそれがあるてんかん」(2号)を挙げている。
他方、認知症は、運転免許の欠格事由ではあるが、危険運転致死傷罪の対象となる病気からは除外されている。
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道路交通法令において欠格事由となるのは、対象者が日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態にある場合(介護保険法5条の2参照)に限定されており、このような病気にり患している者が自動車を運転して人を死傷させた場合、危険運転致死傷罪の故意や責任能力を問えないのが通常と考えられた。
<事案>
73歳の高齢の被告人が、被害者6名に自動車を衝突させて死傷させた。
検察官:被告人を自働車死傷法3条2項の危険運転致死傷法3条2項の危険運転致死傷罪で起訴し、本件犯行時にてんかんにり患しており、その影響により意識障害に陥っていたと主張。
弁護人:てんかんのり患を否認し、認知症を主張。
<判断>
●I医師が被告人がてんかんにり患していたと鑑定した点
①I医師がてんかんや脳波を専門とする医師として、てんかんの診断に関する専門的な知見と豊富な臨床経験を有している
②被告人の過去の入通院先の診療録等を検討して、発作による一時的な病状の悪化と回復を繰り返していることを根拠に診断
⇒
信用性が高い。
●I医師が、被告人が、治療が必要な程度の認知症を有していたとは考えられないとした点
①I医師は、刑事事件の鑑定の経験がなく、てんかんが事故に及ぼした影響の有無や程度の検討が求められていることを十分に理解しないまま鑑定を行っている
すなわち、被告人車両が歩道上に多数設置された車止めに衝突することなく相当の距離を走行したことを把握していないなど、鑑定の基礎となる資料に対する明らかな検討不足があり、そのために重要な事実関係に関し明らかな誤解に基づく判断をしている。
②I医師は、弁護人から歩道上での被告人の走行状態などに関する指摘を受けると、1点凝視の症状を伴うてんかん発作が生じていたとの証言を撤回し、被告人の覚醒レベルに変動があったとする説明⇒鑑定意見を支える最も重要な根拠となる症状がなかったことを認めたものであり、てんかん以外の疾患を原因とすることを除外できる根拠が示されているとは認め難い
③本件の4日前の脳波検査の結果も根拠but脳波検査の検討において重要となるなずの記録条件等を慎重に吟味した形跡がうかがえない
④被告人は、本件事故当日、妻に対して座椅子を買いに行くと述べていたのに、財布や携帯電話も自宅に置いたまま、事故現場まで約320キロの道のりを約7時間かけて走行しており、このような目的に合わない長距離時間の運転がてんかん発作による意識障害により生じたとみるには無理がある。
⇒
I医師の鑑定意見の信用性を否定し、
本件事故は、てんかんの発作により被告人の意識レベルの変動があったと考えなければ説明がつかないものではなく、
むしろ、被告人の認知機能の低下により本件事故が引き起こされた可能性も一概には否定できない。
⇒
危険運転致死傷罪の成立を否定し、予備的訴因である過失運転致死傷罪が成立するにとどまる。
判例時報2401
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