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2019年6月18日 (火)

捜査でのビデオ撮影の可否が問題となった事案

刑事p103
①さいたま地裁H30.5.10
②大阪地裁H30.4.27      
 
<事案①>
被告人は暴力団組員。
覚せい剤取締法違反および窃盗の罪のほか、平成28年3月16日、同僚組員と共謀して、対立する暴力団組長の管理する自動車に放火した建造物等以外放火罪、及び、同暴力団本部事務所に放火しようとして火炎びんを投げ入れたものの階段の一部をくん焼させたにとどまる非現住建造物等放火未遂、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反の罪で起訴された。

警察は、本件放火事件に先立ち、被告人とは別の、既に逮捕状がでていたAの逮捕に向けて、Aの所在確認及び行動パターンの把握のために、Aの立ち寄り先であった被告人方の近隣場所にビデオカメラを設置し、被告人方前の公道及び被告人方玄関を24時間連続で撮影
・・・放火現場から発見されたものと同じ赤色ガソリン携行缶を運搬する被告人の公道が撮影されていた。

検察官がそのビデオ撮影に関する証拠を本件放火事件の証拠として提出⇒弁護人は違法収集証拠として排除すべき旨を主張
 
<事案②>
被告人はQ2委員会(「Q派」)の活動家。
警察官は、被告人が偽名でホテルに宿泊したという旅館業法違反の建議で、被告人の居住状況を確認するために被告人が賃借するマンションの一室である301号室玄関ドア付近及び許容廊下を望遠にビデオカメラで撮影
同ビデオには301号室に出入する人物が写っており、検察官は、被告人において同人物が殺人犯として逃亡中の活動家Zであると認識していたとして被告人を犯人蔵匿罪で起訴し、ビデオ映像から採取した静止画像を同罪の非供述証拠として提出。

弁護人は、本件ビデオ撮影は強制処分に当たるので令状主義に違反するとして証拠排除すべき旨を主張。
 
<判断①> 
●ビデオ撮影の違法性 
本件撮影の「真の目的」がAの逮捕のためであったかについては疑問を提起しつつも、逮捕のためにAの所在や行動パターンを把握する目的で立ち寄り先である被告人方前のビデオ撮影をするという捜査上の必要性は肯定
but
本件ビデオ撮影の相当性につき、
平成28年初め以降、Aの被告人宅立寄りが確認されず継続撮影の必要性が低下した後も、約5か月間、漫然と撮影を継続していた点を「不適切」とし、
撮影後映像として保存されたものの中に被告人方玄関ドア内部の様子のほか、犯罪と無関係な人物等が含まれていたことなど⇒警察において捜査対象の事件との関連性を検討することなく漫然と映像を保存し続けていた点でプライバシーに対する配慮が不足していた

類似事案と比べて、本件ビデオ撮影はプライバシー侵害の程度が高かったと評価し、「任意捜査として相当と認められる範囲を逸脱した違法なもの」と結論
 
●証拠能力 
被告人自身の嫌疑ではない他者の逮捕目的でのビデオカメラの設置という本件の特殊性

警察において本件ビデオ撮影の必要性、緊急性、相当性を適切に検討せずに漫然と撮影を続けていた点で違法の程度は重大
②警察官らの態度は、プライバシーを軽視し遵法精神を大きく欠いていたうえ、裁判時においても本件撮影の問題点を理解していない
⇒将来の違法捜査抑止の観点からも証拠を排除する必要性が高い
本件ビデオ撮影による関係証拠の証拠能力を否定
 
<判断②>
●強制処分該当性 
ビデオ撮影の対象が301号室玄関ドア及びその付近の共用廊下にとどまっており、「通常、他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所」⇒プライバシーの保護の合理的期待が高い場所ではないとして、令状を必要とする強制処分には当たらない
 
●ビデオ撮影の違法性 
任意捜査としての違法性を検討し、

本件ビデオ撮影の必要性:
被告人に対する旅館業法違反の捜査の一環として、被告人の301号室における居住の有無及び実態を明らかにする必要があった⇒氏名不詳者の出入り状況を含めて被告人の居住実態を確認するために相当期間継続的にビデオ撮影する必要があった

本件ビデオ撮影の相当性:
①撮影態様が、プライバシー保護の合理的期待が高いとはいえない301号室玄関付近を撮影したにとどまる
撮影期間も3か月未満で当初の捜査目的と必要性に照らして不相当に長いとはいえない
⇒相当性も肯定
任意捜査としても適法
 
<解説>
●任意捜査としての許容性 
ア犯罪発生時ないしその直後の犯人特定及び証拠保全を目的とした撮影
イ将来の犯罪発生を想定した犯人特定及び証拠保全を目的とした撮影
犯罪発生後の犯人逮捕に向けた人物特定の証拠を作出するための撮影
エ特定の犯罪とは無関係に標的とされた人物の行動監視を目的とした行政警察活動としての撮影

今回は、ウ類型に属するものであるが、ビデオカメラによる長期間の継続的撮影の結果、その過程で得られた、当初の設置目的ではなかった別の犯罪事実に関する証拠を被告人に対する起訴事実の有罪証拠となしうるか?
従来ウ類型の判例では、ビデオカメラ設置時点での必要性の判断において、事案の重大性と撮影対象者が犯罪を行ったと疑うに足りる「相当な嫌疑」(東京地裁H1.3.15)ないし「合理的な嫌疑」(東京地裁H17.6.2)の存在が考慮要素。

①事件では、被告人に対する犯罪の「合理的な嫌疑」は存在せず、
②事件では、被告人に対する軽微な犯罪が捜査対象とされており重大な事案ではない。
but
長期間の継続撮影の結果得られた映像証拠が、後日判明した被告人に対する重大な犯罪(①事件では放火罪、②事件では逃亡殺人犯の蔵匿罪)の証拠となった⇒証拠能力が問題。
両判決の任意捜査としての枠組みは、いずれも捜査目的達成のための必要性と相当性の2要件について判断。
(最高裁H20.4.15を踏襲)

最高裁決定同様、緊急性については言及せず。

長期間の継続ビデオ撮影の必要性が認められる場合、もはや緊急性は独立の要件ではなく必要性の一事情として考慮されるにとどまると考えられる。 

◎ 両判決の結論の差 
①事件:
当初の捜査目的(別人の逮捕目的)を認めつつも、
本来的には第三者の地位にある被告人方の撮影であることにつき警察のプライバシー保護の配慮が乏しく、不必要に長期間のビデオ撮影を漫然と継続した点を重視⇒相当性を否定。
②事件:
当初の捜査目的(被告人の居住実態の確認)の必要性⇒ビデオ撮影の期間が不必要に長期とはいえないとして相当性を肯定。

両事件ともに警察のビデオカメラ設置の目的は警察官の説明どおりではなく、
①事件では暴力団、②事件では「Q3派」アジトの動向監視に真の目的があった可能性⇒被告人を撮影対象とするにつき具体的な犯罪との関連性が失われるので、撮影行為の必要性が否定され、各ビデオ撮影は任意捜査として違法とされた可能性。

●強制処分該当性に関する判示 
無令状による個人の容貌等の撮影には、憲法上の権利であるプライバシーの権利との抵触が問題。
最高裁をはじめとする従来の判例は、容貌等の撮影が任意処分か強制処分かについては明言していない
撮影行為の任意処分性を前提にその限界を画そうとしていると理解される。

判例時報2400

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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