被告人を犯人と認めた原判決には事実誤認があるとして、被告人を無罪とした事例
東京高裁H30.2.9
<事案>
被告人は、三階建て倉庫併用住宅の1階倉庫内において、何らかの方法で火を放ち、本件建物の一部を焼損したとして起訴された。
<原審>
●出火場所が2か所であり、失火や自然発火の可能性がない⇒放火が強く推認される。
付近の防犯カメラで撮影された不審者の行動及び出火の状況(午前4時18分頃、何者かが自転車に乗ってきて降車し、徒歩で本件倉庫方向の死角に入ると約18秒後に現れて自転車で走り去り、その数分後に本件倉庫付近が明るくなった)⇒本件火災はこの不審者が放火したものと認定。
●次の理由で、被告人を犯人と認めた。
◎
A:前記防犯カメラに映った不審者(犯人)
B:午前4時19分頃、付近の別の防犯カメラに映った人物、
C:午前2時58分頃と午前6時11分頃に現場近くのコンビニエンスストアの防犯カメラに映った被告人の各映像・画像
D:被告人提出の着衣と使用自転車の画像
E:警察官がDの着衣と自転車でAとBの各防犯カメラに映った影像・画像等を資料として、犯人と被告人の異同識別を鑑定。
人物が類似し、同一人物であるとして矛盾がないという証人の評価、判断は十分信用することができる。
犯人と被告人の着衣及び自転車はいくつかの点でその特徴が類似しており、それらは特異性の高いものではないが、これらがいずれも合致することは常識に照らしても極めて稀⇒犯人と被告人の同一性を相当程度推認させる。
◎
現場周辺の防犯カメラ映像⇒犯人は、犯行のすぐ前後に自転車で被告人の居住場所付近を通過しており、それぞれの際、同居住場所付近で一定期間停止⇒犯人は被告人の居住場所に関わりがある人物であることが強く推認される。
被告人が犯人でないとすれば、被告人が犯人であることを相当程度推認させる上記が偶然に重なり合う事態は通常想定し難い。
<判断>
●原審の指摘する事情は、それぞれが被告人の犯人性を推認させる十分な事情とはいえず、そのような両事情を併せて考えても、偶然、被告人と似た服装をし、被告人使用自転車と同様の特徴を有する自転車に乗った第三者が、被告人の居住場所付近で自転車を止めた可能性を払拭することはできない⇒被告人を犯人と断定するには足りないとして、無罪。
●原判決が着衣及び自転車の特徴が一致するとした諸点
vs.
①メーカーや型番のような強い一致点がなく、傷や汚れのような固体特有の特徴の一致もない
②着衣、着用方法及び自転車に特異性がない
③ABの映像・画像の色や形は明瞭ではなく、一致の程度が高いとはいえない
証人が指摘した特徴の全てが合致することは常識に照らして極めて稀
vs.
各特長の出現頻度や相関関係は不明であって根拠に乏しい
⇒
着衣等の特徴の一致という事実からは、被告人が犯人である可能性がある程度認められるにとどまり、その同一性を相当程度推認させるとした原判断は誤った経験則を用いたもの。
●
犯人が被告人の居住場所付近で具体的にどのような行動をしたのかは、映像が不鮮明なために不明。
往路及び復路において同居住場所付近で一旦停止したという事情のみでは、被告人が犯人であっても矛盾がないという程度の事情にとどまる。
原判決:被告人の居住場所に関わりのある人物でなければ往路復路の双方において同所付近で停止すべき合理的な事情が見当たらない。
vs.
そのように断定しうる経験則は認められない。
<規定>
刑訴法 第382条〔事実誤認と判決影響明白性〕
事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。
<解説>
●
①最高裁H24.2.13:
刑訴法382条にいう「事実誤認」は、
「第一審判決の事実認定が論理則、経験則に照らして不合理であることをいう」
と判示し、
「控訴審が第一審判決に事実誤認があるというためには、第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要」であり、このことは、「裁判員制度の導入を契機として、第一審において直接主義・口頭主義が徹底された状況においては、より強く妥当する」
⇒
被告人の故意を認めなかった第一審判決を事実誤認とした控訴審判決を破棄。
第一審判決を事実誤認として控訴審判決につき、第一審判決が論理則、経験則に照らして不合理であることを具体的に示したものとはいえないとして破棄した事例
②最高裁H26.3.20:
保護責任者遺棄致死事件。
第一審判決が被告人らの故意(要保護状態の認識)を認めたこと事実誤認とした控訴審
vs.
被害者の衰弱状態を述べた医師らの証言につき、信用性を支える根拠があるのに考慮しないなど、証言の信用性評価を誤っている
③最高裁H30.j3.19:
保護責任者遺棄致死事件
第一審判決が被告人の故意(要保護状態の認識)を認めなかった点を事実誤認とした控訴審判決
vs.
第一審判決の評価が不合理であるとする説得的な論拠を示しているとはいい難く、第一審判決とは別の見方もあり得ることを示したにとどまる
④最高裁H30.7.13:
強盗殺人事件
第一審判決が犯人性を認めた点を事実誤認とした控訴審判決
vs.
第一審判決の説示を分断して個別に検討するのみで、情況証拠によって認められる一定の推認力を有する間接事実の総合判断という観点からの検討を欠いている
●
第一審判決を事実誤認とした控訴審判決を是認
⑤~⑨
以上の最高裁判決・決定
~
第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であるかどうかは、供述証拠の信用性評価、客観的証拠の証拠価値ないし間接事実の推認力の評価、間接事実の総合評価などの局面で問題となるが、
その不合理さは、それを具体的に指摘できるだけの実質を持ったものであることが必要で、そのことは破棄判決の説示によって実証されなければならない。
●本件:
事実認定論にとっても、被告人が黙秘権を行使している状況において、着衣等の類似性その他の情況証拠がどの程度揃えば合理的な疑いを超えて犯人性が認められるかという点で、有益な素材を提供。
●映像・画像による人や物の異同識別鑑定については、画像資料の鮮明度は被写体の撮影範囲・角度による制約、鑑定手法の科学的根拠、そして、同一性判定の客観性や統計的確率の要否、確率計算の根拠といった問題があり、その評価は定まっていないのが現状。
同一である可能性が高いとする判定を採用しない場合でも、複数の特徴が一致ないし類似することをもって、どの程度犯人性が推認できるかという問題が残っている。
判例時報2397
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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