給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分について、法定納期限の経過後にその原因となる行為の錯誤無効の主張による適否を争うことの可否
最高裁H30.9.25
<事案>
権利能力のない社団Xが、理事長Pに対し、借入金債務の免除(本件債務免除)をしたところ、所轄税務署長から、これに係る経済的な利益(本件債務免除益)がPに対する賞与に該当⇒給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分を受けた⇒国を相手にその取消しを求めた。
<概要>
Pは、債権回収会社Aとの間で、借入金の一部を弁済した場合にはその余の支払義務の免除を受ける旨合意して分割弁済⇒平成17年、同社から残債務の免除(ア)を受けた。
その後、Pの資産に増加はなかった。
所轄税務署長は、平成19年8月、Pの平成17年の所得税の更正処分等についての異議申立てに係る決定の理由中において、前記アの債務免除益については平成26年6月27日付け課個2-9ほかによる改正前の所得税基本通達36-17(本件通達)の適用がある旨の判断。
本件旧通達:
債務免除益のうち、債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものについては、各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しない。
PのXに対する借入金債務の額は、平成19年12月10日当時、55億円余。
Xは、Pらから、不動産を総額7億円余で買い取り、その代金債務と前記借入金債務とを対当額で相殺するとともに、Pに対し、前記相殺後の前記借入金債務48億円余を免除(本件債務免除)(イ)。
<主張>
X:前記イの決定において、Pについて「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難と認められる場合」に当たるとして本件旧通達が適用されたため、本件債務免除益についても本件旧通達の適用により課税の対象とならないと考え、Pとその旨確認の上、本件債務免除をした。
⇒本件債務免除益が納税告知処分の対象となるのであれば、XとPが確認した前提条件に錯誤があり、これは要素の錯誤であるから、本件債務免除は無効。
<原審>
法定納期限の経過後に源泉所得税の納付義務の発生原因たる法律行為につき錯誤無効の主張をすることは許されない。
<判断>
Xの上告受理申立てを受理した上、
給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分について、法定納期限が経過したという一事をもって、当該源泉所得税の納付義務を成立させる支払の原因となる行為の錯誤無効を主張してその適否を争うことが許されないとはいえない。
⇒
原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものである。
Xは、納税告知処分が行われた時点でまに、本件債務免除により生じた経済的成果がその無効であることを基因して失われた旨の主張をしてない
⇒
Xの主張をもってしては、納税告知処分等のうち原審が適法とした部分が違法であるということはできない。
⇒上告を棄却。
<説明>
●経済活動ないし経済現象は、第一次的には私法によって規律されている
⇒課税は、原則として私法上の法律関係に即して行われるべき(金子)。
but
課税の前提となる私法上の法律関係についての行為が無効であるとしても、課税対象が私法上の行為それ自体ではなく、それによって生じた経済的成果(例えば所得)である場合には、その原因たる私法上の行為に瑕疵があっても、経済的効果が現に生じている限り、課税は妨げられない。
最高裁H2.5.11:
譲渡所得発生の基因となった土地持分譲渡契約が後に合意解除されたが、当該持分価額相当の金員が契約の相手方に返還されておらず、契約によって生じた譲渡収入は現実に消滅していないという事案において、
前記合意解除の存在を前提とせずにされた更正処分等を適法と判断。
●税負担問題は、私法上の意思決定において考慮に入れるべき最も重要なファクターの1つ⇒平均的経済人の立場から見てそれが合理的であると認められる場合には、これに関する錯誤を意思表示の無効原因と考えてよい場合がある。(金子)
私法上の行為が税負担㋑関する錯誤により無効となる場合があることを前提とするものとして、最高裁H1.9.14。
●申告納税方式の租税について、その納税義務を成立させる支払の原因となる行為の錯誤無効が問題となった事案で、
裁判例(原審も同様)では、
わが国は、申告納税方式を採用し、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等を課している⇒安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせたのでは、納税者間の公平を害し、租税法律関係が不安定となり、ひいては申告納税方式の破壊につながる⇒法定申告期間の経過後に課税負担の錯誤が当該法律行為の要素の錯誤に当たり、それが無効であることを主張することはできない。
but
その理論的根拠を十分に説明できていない。
判例時報2397
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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