生活保護法63条に基づく保護費の返還決定についての、処分取消請求(否定)
東京地裁H29.9.21
<事案>
生活保護法に基づく保護の開始決定を受け、保護費を受給⇒その受給期間において就労による収入及び失業手当受給の事実が認められたため、保護費の過払いが生じた⇒支給済みの保護費の一部について処分行政庁から同法63条に基づく保護費の返還決定
⇒本件処分には、返還額の決定にあたり考慮すべき事由を考慮しない違法、医療扶助部分の返還の違法(説明義務違反及び利得の不存在)、Xの資力の検討をしなかった違法並びに理由の提示の不備の違法があると主張して、本件処分の取消しを求めた。
<規定>
生活保護法 第六三条(費用返還義務)
被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。
行政手続法 第一四条(不利益処分の理由の提示)
行政庁は、不利益処分をする場合には、その名あて人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない。ただし、当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合は、この限りでない。
2行政庁は、前項ただし書の場合においては、当該名あて人の所在が判明しなくなったときその他処分後において理由を示すことが困難な事情があるときを除き、処分後相当の期間内に、同項の理由を示さなければならない。
3不利益処分を書面でするときは、前二項の理由は、書面により示さなければならない。
<主張>
①前記収入を派遣社員としての稼働期間中の宿泊費、生活福祉資金貸付制度に基づく総合支援資金の償還、住宅の滞納賃料の返済、パソコン等の購入代金に充てた⇒返還額の算定に当たって、これらは必要経費として控除し、又は自立更生のためにやむを得ない用途に充てられたものであって、かつ、地域住民との均衡を考慮して社会通念上容認されるものとして、自立更生免除として返還を免除すべき。
②Xは、生活保護法63条によって医療扶助の全額相当額を返還すべき場合があることについて何らの説明も受けていない⇒このことはXの自立の助長を阻害する違法なもの。
生活保護を受給していなかった場合、Xが自ら支払うべきであった金額は健康保険等を利用した場合に患者が負担すべき金額である医療費の3割相当⇒同額を超える算定は違法
③処分行政庁は、本件処分jに際し、Xの資力がどの程度あるかについて検討すべき。
④本件処分の通知書に記載された理由では、どのような事実に基づいてどのような法的理由によって本件処分が行われたのかXにおいて十分認識し得る程度とはいえない⇒本件処分は理由の提示に不備があり、違法。
<判断>
●
生活保護法63条に基づく返還額の決定に当たっては、被保護者の資産や収入の状況及び地域の実情等を踏まえた個別具体的かつ技術的な判断を要する
⇒返還額の決定は、被保護者の資産の状況等につき調査等の権限を有する保護の実施機関(同機関から保護の決定・実施に関する事務について権限の委任を受けた行政庁を含む。)の合理的な裁量に委ねられている。
⇒
返還額の決定が違法となるのは、その返還額に係る判断が生活保護法の目的に照らして著しく妥当性を欠き又は判断の基礎となる事実を欠くなどして、保護の実施機関に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認められる場合に限られる。
生活保護法63条に基づく費用の返還については、
原則として、資力の限度において本来受ける必要がなかった支給済みの保護費の全額を返還対象とした上、
全額を返還対象とすることによって当該被保護世帯の自立を著しく阻害すると認められる場合は、一定の額を返還額から控除することができるものとすることが相当。
●
主張①について:
いずれも、必要経費として控除すべき費用ではなく、また自立更生のためのやむを得ない用途に充てられたものともいえない。
主張②について:
本件保護開始時に処分行政庁はXに対して必要な説明を尽くした。
生活保護法により保護を受けている世帯に属する者(X)は国民健康保険の被保険者になることはできず、健康保険を利用することができない⇒医療費について健康保険の自己負担分3割のみが利得であるとはいえず、現実に医療扶助を受けた10割相当分を利得。
主張③について:
生活保護費が過払いとなったにもかかわらず被保護者がこれを費消したために返還の対象とならないものとすると、本来受給することができなかった金員を受給することができなかった金員を受給することを認めることとなり、不合理。
⇒
処分行政庁の返還額に係る判断が、保護の実施機関に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとは認められない。
主張④について:
①本件処分は不利益処分であり行手法14条1項本文によりその理由を示す必要がある。
②本件処分に係る通知書の記載は、処分行政庁が就労による収入及び失業手当を「資力」(生活保護法63条)と認定して生活保護法63条を適用し、これら収入及び失業手当相当額の保護費について本件処分を行ったことをXが了知し得るもの
⇒行手法14条1項本文の理由の提示として欠けるところはない。
判例時報2396
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