乳幼児の虐待による傷害致死の事案
①大阪地裁H30.3.13
②大阪地裁H30.3.14
③奈良地裁H29.12.21
<事案>
乳幼児の虐待による傷害致死等の事案。
<解説・判断>
◎事件性を巡っては、受傷や死亡が他人の故意行為によるものか、それとも疾病、転倒等の事故あるいは関係者の過失行為によるものかについて、医師の判断や医学的知見がしばしば対立。
近年は、乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)によるとされる死亡・重症事故が多く照会されている。
SBS:
乳幼児の上半身を把持して激しく揺さぶることで、頭部に回転性加速度減速度運動が起こり、脳の中などに損傷が生じて発症するというものであり、
硬膜下血腫、網膜出血及び脳浮腫などの脳実質損傷三兆候によって診断。
⇒
頭部等に目立った外傷がなくても、三兆候が認められて、高位からの落下事故や交通事故等の疑いがなければSBSと診断することができ、その原因は他者による暴力的な揺さぶりであると推定するという考え方がある。
◎
①事件:
架橋静脈の剪断によって急性硬膜下血腫等が発生
その原因は成人による激しい揺さぶり行為であると認定
③事件:
頭部に意図的な強い回転性外力が加えられたと認定
②事件:
架橋静脈の破綻によって急性硬膜下血腫が発生したと認めたものの、
その原因としては転倒等の事故も考えられるとした。
◎①事件
急性硬膜下血腫の原因は成人による激しい揺さぶり行為であると認められた。
被害児(生後1か月余り)は、被告人の通報によって救急隊員が到着した頃には心肺停止の状態。
搬送先で撮影されたCT画像には、少量だが複数の急性硬膜下血腫のほか脳浮腫が認められた。
検察官が依拠した小児科医師D1及び法医学者D2の証言等に基づき、
①被害児には急性硬膜下血腫とともに広範囲の一次性脳実質損傷が発生し、後者により心肺停止に陥って脳浮腫が開始
②急性硬膜下血腫は脳の架橋静脈が複数本剪断されたことによるものであり、これに広範囲の一次性脳実質損傷が生じている
⇒
成人による激しい揺さぶり行為による回転性外力が脳に加わったことが、これらの傷害の原因である。
傷害発生当時、激しい揺さぶり行為を行うことができたのは被告人のみ
⇒被告人が犯人。
◎②事件
死因となった急性硬膜下血腫等の傷害が他者の故意行為によって生じたと認められず、傷害致死につき無罪。
急性鼓膜下血腫が発生したのは午後11時頃から翌日の午前零時25分頃の間であり、その間に被告人方にいたのは被告人と被害児(1歳11か月)の2人。
検察官:
この急性硬膜下血腫は、偶発的な事故では生じ得ない相当に強い外力によるもので、他者の故意行為によるものであると主張し、
その根拠として、
①同血腫が最重度であること
②被害児に多数の皮下出血があること
①について、
同血腫の原因は頭部に外力が加わったことによる架橋静脈2本の破綻であることろ、脳神経外科医師D5の証言によれば、架橋静脈が損傷すると出血量が多量になり血腫も広範囲に及ぶ認められる
⇒
血腫の大きさや出血量だけで外力の大きさを推測するのは不十分であり、架橋静脈が損傷するための外力の検討が必要。
この外力につき、
D5医師の、小児の架橋静脈は脳実質に回転力がかけられると切れやすく、同血腫の原因としては、故意の打撃のほか転倒等の事故も考えられるという証言に信用性を認め、
転倒等の事故によって生じた急性硬膜下血腫による死亡症例が報告されている
⇒
偶発的な事故で死亡結果が生じないとは認められない。
②について、
頭部の8か所にある皮下出血の全てが偶発的な事故等によるものとは考え難いが、
いずれの皮下出血が急性硬膜下血腫を生じさせた外力によるものかは特定できないので、皮下出血を根拠に他者の故意行為によると認めるためには、皮下出血の相当数が同一機会に生じたこと(さらに被告人の故意行為によるとするには、急性硬膜下血腫の発症時期に生じたこと)が認められる必要があるが、その立証はされていない。
◎③事件
被害児(生後5か月)が他人の故意行為によって死亡したことは認められたが、
被告人の犯人性が認められなかった。
死因は急性硬膜化血腫及びびまん性脳実質損傷によ基づく脳浮腫。
解剖医D8ほか2名の医師の証言等
⇒
脳に生じたびまん性軸索損傷は日常生活の中で生じ得る事故等によるものではなく、頭部に意図的な強い回転性外力が加えられた結果であり、かつ、
受傷時期は公訴事実に係る犯行当日の午後6時頃から約4時間半の間。
前記受所時期の当時被告人方にいたのは、
被告人、その妻P5、被害児及び1歳8か月の長男
⇒
加害行為者は被告人又は妻に限定される状況。
妻:捜査及び公判において、自分が加害行為をしたとことを否定し、被告人が被害児を抱えて前後に揺さぶったのを見たと供述。
被告人:捜査段階では、この日に長女の前頭部を壁に叩き付けたと自白。
but
同判決は、この自白につき、
①壁にぶつけたのが後頭部が前額部か、故意かどうかという核心部分で変遷
②妻をかばうために虚偽の自白をした、警察官から示された態様のうち壁にぶつけた態様を選び、後頭部に硬膜下血腫があると聞いたので後頭部をぶつけたと述べ、その後、前額部のあざについて聞かれたので前額部をぶつけたと述べたという被告人の供述は排斥できない
③自白の内容が妻の供述と整合しておらず、壁の微物のDNA型が被害児とほぼ一致していることも裏付けにならない
⇒
その信用性を否定。
妻の目撃供述についても、
致命傷を与えるような態様が供述されていない不明確なものであるし
内容も不自然で信用性がない。
犯人は被告人であって妻ではないことを示す間接事実として検察官が主張する諸点を総合しても、被告人が犯人であるとは認められず、
妻が自らの暴行を否定している点についても、虚偽供述の動機があり、密接に関連する前記目撃供述が信用性に欠けることから信用性が認められない。
⇒被告人の犯人性を否定。
●犯人性
犯人性を巡っては、父母など複数の監護者のいずれが犯人であるかの特定が困難であることが少なくない。
一方の親が単独犯として起訴された場合、他方の親が、自分は虐待行為をしていない、被告人の暴行を目撃したなどと供述していることがある。
but
認定された受傷時間帯によっては、他方の親にも犯行可能性がある
⇒同人の供述の信用性評価には困難を伴う。
被告人が捜査段階で自白
but
他方の親をかばう目的や、
近い時期にした軽度の虐待行為が死因となったという思い込みから、
あるいは子どもの死亡による動揺によって、
虚偽の自白をしたという可能性に留意する必要。
積極的間接事実:
被告人の事情として、
①日頃から虐待行為をしていたこと
②被害者を可愛がっていなかったこと
③精神的に不安定であったこと
③犯行後に犯人性を示す言動をしたこと
他方の親の事情として
①被害児を可愛がっており動機がないこと
被告人の犯人性を積極的に示す間接事実が少ないために、犯行可能な人物のうち、被告人以外の者が犯人ではあり得ないという消極法的な認定が用いられた事例もある。
判例時報2395
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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