てんかんの発作により意識障害で自動車事故⇒危険運転致死傷罪の故意を認めた事案
東京高裁H30.2.22
<事案>
てんかん発作⇒意識障害の状態に陥り、自車を急発進させて歩行者5人に衝突し死傷させた⇒危険運転致死傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律3条2項)の故意を認めた
<解説>
●てんかんの発作
てんかんは脳の慢性疾患であり、脳の神経細胞に突然発生する激しい電気的興奮(過剰な発射)による発作を繰り返す。
①原因不明とされる突発性てんかん
②脳外傷や髄膜炎等により脳が傷害を受けたことによる症候性てんかん
①過剰な電気的興奮が脳の一部だけで起きる部分発作
②全体におきる全体発作
抗てんかん薬の内服などによる治療⇒神経細胞の過剰な活動を抑え、発作を起こりにくくする。
●運転中の発作による交通事故
心神喪失時の行為であったと判断されることが多い
てんかんの発作が起きる前の段階、すなわち運転開始時点において運転を差し控える義務を設定し、この義務を怠ったとして過失行為を認定した例も多い
←
①医師から運転をしないよう指導を受けていた
②運転開始前に運転者自身がてんかん発作の予兆を感じていた
●自動車死傷法3条の罪
平成25年11月、自動車死傷法が制定され、その第3条では、自動車の運転をする者が、その後の走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態になっている場合に、そのことを認識して運転を開始し、走行中に正常な運転が困難状態に陥って事故を起こし、人を死傷させる行為を処罰。
第1項:アルコール又は薬物の影響(多くの場合、自らの意思で摂取)による正常な運転に支障が生じるおそれがある場合を規定
第2項:病気の影響(自らの意思によるものではない)による場合を規定
委任を受けた同法施行令3条2号は、「意識障害又は運動障害をもたらす発作が再発するおそれがあるてんかん(発作が睡眠中に限り再発するものを除く。)」と規定。
この罪の故意:
運転者において、病気の影響により走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがあると認識することが必要
but
その病気に特有の症状が認識されていれば足り、具体的な病名の認識までは必要はないとされている。
道交法:
運転免許の許否(90条1項1号ロ)や取消し等(103条1項1号ロ)の事由として「発作により意識障害又は運動障害をもたらす病気」を定めているところ、
委任を受けた同法施行令(33条の2の3台2項1号、38条の2第2項)は、
「てんかん(発作が再発するおそれがないもの、発作が再発しても意識障害及び運動障害がもたらされないもの並びに発作が睡眠中に限り再発するものを除く。)」と規定。
運転免許の更新時には、病状等に関する質問票に記載して、病状を正確に申告することが求められている(虚偽記載についての罰則も定められた。)。
<主張>
検察官:
主位的に危険運転致死傷(自動車死傷法3条2項)、
予備的に過失運転致死傷罪(運転避止義務違反)の訴因を設定。
被告人:
発進時・発進後に、病気の影響により、走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態であったことを認識していなかった⇒故意を否認
主治医から運転を禁止されたことはなく、当日も特段の疲労を感じておらず、直前まで正常な運転を続けていた⇒運転避止義務はなかった
<原審>
被告人が事故前の約3年間で複雑部分発作を4回起こした
←それぞれの数日~数週間後に被告人が医師に受診した際のカルテの記載(被告人が申告した内容に基づいて、前兆やもうろう状態等の所見が記載)
被告人自身が
①これらの発作で意識障害が生じていたこと
②抗てんかん薬を処方どおり服用していても疲労等の要因により複雑部分発作が起き得ることを認識。
本件当日も長距離の運転で疲労が蓄積していたところ、異臭感を感じた直後に運転を開始した時点で、その後の走行中に複雑部分発作を起こして意識障害に陥る危険性を認識していたと認定。
⇒
危険運転致死傷罪の故意を認めた。
<控訴審>
てんかんにより意識の混濁やもうろう状態を含む意識障害が生じたかに焦点を当て、複雑部分発作自体ではなく、複雑部分発作が起きた可能性が高い意識障害が生じたと認めることで十分。
<裁判例>
単純部分発作を起こした後の時点での実行行為と故意という予備的主張について、前兆を感じてから体が動かなくなるまでの数十mの間に路端に停車させ、結果を回避することが可能であった⇒前兆が発生した時点以降の実行行為と故意を認定した裁判例。
衝突事故の3分前の時点での運転を実行行為として捉えて、少なくとも意識障害をもたらす発作が再発するおそれを有する何らかの病気により、正常な運転に支障が生じるおそれがあることを認識していたとした裁判例。
①被告人はB地点で前兆を感じ、意識障害に陥るおそれにある状態にあると認識したものの、発作の影響により車を停止することはできなかった。
②A地点での実行行為について、被告人は、前兆とは異なる気持ちの悪さを感じて漠然と発作が起きるかもしれないと危惧間を抱いていたにせよ、発作が起きる具体的可能性には思い至っていなかった疑いがある。
⇒
無罪とした裁判例。
判例時報2391
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