捜査の違法により覚せい剤及び尿に関する証拠の証拠能力が否定された事案
東京地裁H29.5.30
<事案>
侵入窃盗及び車両窃盗、覚せい剤使用及び所持の各事案に係る窃盗、建造物侵入、覚せい剤取締法違反被告事件。
覚せい剤取締法違反の各事実につき、GPS捜査(被告人使用車両と窃盗共犯者の使用車両に、被告人らの承諾なく密かにGPS端末を取り付けて位置情報を検索し把握する捜査)及び警察官によるけん銃使用とこれに引き続いてなされた覚せい剤及び尿の押収手続には、令状主義の精神を没却する重大な違法があり、それと密接に関連する覚せい剤及び尿に関する証拠を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地から相当でない⇒証拠能力を否定し無罪。
<争点>
①無令状による本件GPS捜査の違法性
②本件GPS捜査の違法性の程度と覚せい剤や尿の鑑定書等の証拠収集手続との関連性の程度
③警察官によるけん銃使用とこれに引き続く覚せい剤の押収手続の違法の有無と程度
<判断>
●争点①
最高裁大法廷H29.3.15:
GPS捜査が、個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に密かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であり、令状がなければ行うことができない強制の処分である旨判示。
本判決:無令状により行われた本件GPS捜査が、強制処分法定主義(刑訴法197条1項但書)に違反し違法であると判示。
●争点②
本件GPS捜査の実施期間や規模、位置情報の精度、警察内部の運用要領や実施態様
⇒被告人や共犯者らを含む個人のプライバシーの侵害の程度が大きかった。
①本件GPS捜査の目的は、被告人に対する窃盗被疑事件について逮捕状の発付を受けた後は、被告人の所在確認と身柄確保にあり、かつ、GPS捜査の期間を通じて現行犯人逮捕等の令状を要しない処分と同視すべき事情ははなかったこと
②警察組織全体で保秘の徹底を図って司法審査を困難にし、違法捜査の問題が生じ得ることを把握した後の公判中にGPS捜査に関する捜査メモを廃棄したこと
などの警察官らの態度
⇒
本件GPS捜査の違法の程度は、令状主義の精神を潜脱し、没却する重大なもの。
本件GPS捜査と証拠との関連性:
①警察の捜査方針(窃盗被疑事件の逮捕状を執行するのではなく、違法薬物の任意提出を受けて違法薬物所持の被疑事実で現行犯人逮捕する方針)⇒本件GPS捜査の目的が覚せい剤所持の捜査目的を兼ね備えていた。
②実際に本件GPS捜査の結果を直接的に利用して収集されたものであり、密接な関連性を有する。
③覚せい剤押収から4時間後の尿に関する証拠も、覚せい剤使用の事実での令状の請求や令状発布などの司法審査が一切されていない⇒違法状態を直接的に利用したものであり違法性を帯びる。
⇒
本件GPS捜査及び及びこれに引き続いて行われた覚せい剤及び尿の押収手続には、令状主義の精神を没却する重大な違法がある。
●争点③
被告人について既に窃盗の逮捕状が発付され、また、未成年者略取の容疑があった⇒警察官らがけん銃を携帯したこと自体は必要かつ相当。
but
①それ以上に、釣り竿以外には何も所持せず、抵抗や逃走の気配もない被告人にいきなり銃口を向けて構えて「動くと撃つぞ。」などと複数回警告した警察官の行為は、犯人逮捕等のために例外的に武器の使用を認めた警職法7条本文に違反し、違法。
②その後も被告人に銃口を向けて所持品の提出を求め、徹底的に行った所持品検査や身体検査は、任意捜査の限界を超えた明らかな違法捜査。
③けん銃使用から約20分後になされた覚せい剤の押収手続は、その経緯や時間的な接着の程度から、違法なけん銃使用とこれに引き続く違法な身体検査、所持品検査を直接利用してなされたもので違法性の程度は高い。
④警察官らがけん銃の使用について明らかな虚偽証言をして違法行為を隠ぺいしている。
⇒
けん銃使用に引き続く覚せい剤の押収手続には、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大な違法がある。
<解説>
●無令状のGPS捜査は違法
⇒
残された問題は、
①GPS捜査の違法が刑事手続に及ぼす影響の有無や程度、
②GPS捜査により得られtら証拠の証拠能力
本判決:
GPS捜査のみならず、けん銃使用とこれに引き続く違法な身体検査、所持品検査という2つの違法が重畳的に存在。
but
違法が重畳的に存在した結果重大な違法があるとしたのではなく、いずれの違法も独立して重大であり、それぞれに密接に関連する証拠を排除相当として証拠能力を否定。
●最高裁昭和53.9.7:
①証拠の収集手続に令状主義の精神を没却するよな重大な違法があること(違法の重大性)と、
②手続の違法に密接に関連する証拠を許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地から相当でないこと(排除相当性)
の2つの要件により証拠能力を判断する相対的証拠排除の立場を採用し、その後の最高裁判例においても踏襲されてきた。
最高裁H15.2.14:
違法の重大性と排除相当性のいずれの要件をも充足する証拠につき、最高裁として初めて違法収集証拠排除の判断を示すとともに、
違法な手続と密接に関連する第一次証拠に基づいて獲得された派生証拠については、関連性が密接でなく違法の重大性の要件が欠けるとしてその証拠能力を肯定。
本判決:
GPS捜査と押収された覚せい剤及び尿との間にはいずれも密接関連性があり、また、
けん銃使用とこれに引き続く所持品検査、身体検査によって押収された覚せい剤との間に密接関連性がある
として、いずれの違法も重大で排除相当であるとし、証拠能力を否定。
●平成29年大法廷判決後に無令状のGPS捜査が実施されたとすれば、捜査機関の令状軽視の態度が著しいことは容易に認定されよう。
警察庁:
「検証として行うものも含め、移動追跡装置を用いての車両の位置情報を取得する捜査を控えるよう指示する」旨通知。
判例時報2387
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