今市事件控訴審判決
東京高裁H30.8.3
<概要>
①原判決の間接事実の認定を是認した上、これらの間接事実と被告人が母親に書いた謝罪の手紙を併せてる殺害犯人と被告人との同一性が認められる。
②商標法違反の起訴後に行われた本件殺人の取調べは違法だが、殺人の逮捕勾留後に作成された被告人の自白調書の証拠能力は否定されない。
③原審が取調べの録音録画媒体を自白の信用性の補助証拠として使用した点は刑訴法317条に違反。
④被告人の自白のうち、拉致・殺害・遺棄の犯人であることを自認した部分は信用できるが、それを超えて殺人の経過・態様・場所・時間等に関する部分は信用できない。
⑤予備的訴因に従い、殺害の日時・場所を広くとって有罪を認定。
<判断>
●間接事実による殺人の認定
①Nシステムによる通行記録
②遺体に付着していた猫の毛のDNA型
③遺体の右頸部の損傷が、被告人が当時所持していたスタンガンによって生じたものとして矛盾がない
④被告人車両は、拉致現場で目撃された車と同色・同型で、被告人は被害者が拉致された時間帯にその現場まで自動車で行くことが可能な場所にいた
⑤被告人は拉致現場付近の土地勘があった
⑥被告人は事件当時、多数の児童ポルノ画像を収集し、かつ多数のナイフを所持していた(犯人像と整合的)
⑦被告には、本件殺人の取調べ開始直後の時期に、実母に対して「事件」を起こしたことを謝罪する手紙を送っている
②については証明力を減殺し、
⑦については証明力を増強した上で、
①から⑥の事実の総合により有罪の蓋然性が相当高い被告人が⑦の手紙を作成したことは被告人が犯人でなければ合理的に説明することが極めて困難な事実
⇒
被害者に付着していた粘着テープと遺体表面から採取された資料から被告人由来のDNA型が発見されず、第三者のDNA型が認められたことを考慮しても、被告人を殺害犯人と認めることに合理的疑いを生じさせない。
●起訴後の取調べ
被告人は、平成26年6月3日に殺人容疑で逮捕されたが、それまでの間(すなわち、商標法違反の罪での起訴後の勾留期間中)、警察官は実質21日間(2月18日から3月25日まで)、検察官は実質12日間(2月21日から3月28日まで)、別件の起訴後勾留を利用した余罪(本件殺人罪)の取調べが行われた。
2月25日以降の取調べは任意の取調べとして行なわれたとは認められない⇒違法。
but
本件殺人容疑での逮捕勾留後である平成26年6月20日から6月22日までの間に作成された被告人の検察官に対する自供調査4通については、前記違法な取調べの影響が及んでいないとして、その証拠能力を肯定。
●録音録画媒体を自白の信用性の補助証拠とした原審の手続
原判決中の被告人の供述態度についての判示部分を子細に検討した上、
「多くの考慮すべき事柄があるにもかかわらず、疑問のある手続経過によって、本件各記録媒体を供述の信用性の補助証拠として採用し、再現された被告人の供述態度等から直接的に被告人の犯人性に関する事実認定を行った原判決には刑訴法317条の違反が認められる」
←
①録音録画の制度化に関する刑訴法一部改正は、不当な取調べの有無を事後的に確認できるよにして被疑者取調べの適正化を図るために行われたもの
②録音録画記録媒体により再現される取調べ中の被告人の様子を見て、自白供述の信用性を判断しようとすることには強い疑問がある。
●予備的訴因の追加とその認定
原審の訴訟手続に刑訴法317条違反がある。
but
その違法が判決に影響を及ぼすものであるか否かは、本件自白の信用性に関する検討を経た上で判断。
結論として、自らが本件殺人の犯人であることを認める部分は信用できるが、殺害の場所や態様等に関する部分は信用できない。
前記刑訴法317条違反及び殺害の日時場所を当初の公訴事実どおりに認定した事実誤認はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らか
⇒原判決を破棄し、控訴審で追加された予備的訴因(殺害の日時及び場所をより概括的にしたもの)について証明があるとして自判し、無期懲役を言い渡した。
<規定>
刑訴法 第三二二条[被告人の供述書面の証拠能力]
被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。但し、被告人に不利益な事実の承認を内容とする書面は、その承認が自白でない場合においても、第三百十九条の規定に準じ、任意にされたものでない疑があると認めるときは、これを証拠とすることができない。
刑訴法 第三〇一条の二[被疑者取調べ等記録媒体取調べ請求義務、被疑者取調べ等録音録画義務]
次に掲げる事件については、検察官は、第三百二十二条第一項の規定により証拠とすることができる書面であつて、当該事件についての第百九十八条第一項の規定による取調べ(逮捕又は勾留されている被疑者の取調べに限る。第三項において同じ。)又は第二百三条第一項、第二百四条第一項若しくは第二百五条第一項(第二百十一条及び第二百十六条においてこれらの規定を準用する場合を含む。第三項において同じ。)の弁解の機会に際して作成され、かつ、被告人に不利益な事実の承認を内容とするものの取調べを請求した場合において、被告人又は弁護人が、その取調べの請求に関し、その承認が任意にされたものでない疑いがあることを理由として異議を述べたときは、その承認が任意にされたものであることを証明するため、当該書面が作成された取調べ又は弁解の機会の開始から終了に至るまでの間における被告人の供述及びその状況を第四項の規定により記録した記録媒体の取調べを請求しなければならない。ただし、同項各号のいずれかに該当することにより同項の規定による記録が行われなかつたことその他やむを得ない事情によつて当該記録媒体が存在しないときは、この限りでない。
一 死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係る事件
二 短期一年以上の有期の懲役又は禁錮に当たる罪であつて故意の犯罪行為により被害者を死亡させたものに係る事件
三 司法警察員が送致し又は送付した事件以外の事件(前二号に掲げるものを除く。)
<解説>
●間接事実による認定
原審:これらの間接事実のみでは有罪とはできない。
本判決:逆の判断。
~
被告人が母親宛てに出した「謝罪の手紙」の証明力についての判断の差。
原審において証拠の表示⇒刑訴法307条の「証拠物たる書面」として取調べられたものと推測。
but
本判決のような立証趣旨⇒証拠物としての存在を超えて書面の内容の真実性が判断対象となる⇒刑訴法322条1項の要件が問題。
●録音録画媒体の取扱い
平成28年5月24日に成立した改正刑訴法301条の2により一定の事件について、被疑者取調べの状況の録音録画が義務付け。
その媒体を自白の信用性の判断資料さらには自白そのもの(実質証拠)として利用しようとする検察側の態度。
それを疑問視する判例等。
●予備的訴因の認定について
自白の一部分だけを不合理とする理由として、
「被告人が、受ける刑罰を少しでも軽くしようという意図に基づいて本件自白供述をしたものとすれば、自己に不利益な事実をあえて供述しないというにとどまらず、積極的に自己に有利な内容の虚構を作出している可能性も否定できない」
「情状を良くするために犯行を認め、犯行の動機や態様について、実際の犯行よりも犯情の軽い虚偽の事実を供述することは珍しいことではない」
~
このような可能性や経験則が成り立つか否か。
成り立つとして本件に適用できるか否か。
判例時報2389
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))
| 固定リンク
「判例」カテゴリの記事
- 懲戒免職処分に先行する自宅待機の間の市職員の給料等請求権(肯定)(2023.05.29)
- 懲戒免職された地方公務員の退職手当不支給処分の取消請求(肯定)(2023.05.29)
- 警察の情報提供が国賠法1条1項に反し違法とされた事案(2023.05.28)
- 食道静脈瘤に対するEVLにおいて、鎮静剤であるミダゾラムの投与が問題となった事案 (過失あり)(2023.05.28)
- インプラント手術での過失(肯定事例)(2023.05.16)
「刑事」カテゴリの記事
- 詐欺未遂ほう助保護事件で少年を第一種少年院に送致・収容期間2年の事案(2023.05.07)
- 不正競争防止法2条1項10号の「技術的制限手段の効果を妨げる」の意味(2023.05.01)
- 保釈保証金の全額没収の事案(2023.04.02)
- 管轄移転の請求が訴訟を遅延する目的のみでされた⇒刑訴規則6条による訴訟手続停止の要否(否定)(2023.04.02)
- いわゆる特殊詐欺等の事案で、包括的共謀否定事例(2023.03.23)
コメント