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2018年12月20日 (木)

郵便物の輸出入の簡易手続として税関職員が無令状で行った関税法上の検査と憲法35条

最高裁H28.12.9    
 
<事案> 
ルーマニア国籍の被告人がイラン国内から、営利目的で覚せい剤約2kgを航空小包郵便に隠し入れて、東京都内に居住する外国人宛に発送したが、税関検査で覚せい剤の在中が発覚して検挙された覚せい剤密輸の事案。 
 
本件郵便物検査では、外装箱解放、外装箱の内部の目視確認、内容物の外視検査、TDS検査(ワイプ材と呼ばれる紙を使用した検査)のほか、極微量の内容物を取り出して、これを仮鑑定・鑑定することも行われていた

弁護人から、発送人・名宛人の承諾も令状もなく行われた本件急便物検査は、令状主義の精神に反する重大な違法があり、本件郵便物検査により発見された本件覚せい剤及びその派生証拠に証拠能力がないと主張

①当時(平成24年8月21日)の関税法上、どのような検査が許容されており、本件郵便物検査が関税法上許容されていると解されるか
②本件郵便物検査が憲法35条に反するか
などが問題。
 
<判断>
2件の大法廷判例(最高裁昭和47.11.22、H4.7.1)の趣旨に徴し、本件郵便物検査が関税法76条、105条1項1号、3号によって許容されていると解することが憲法35条に違反しないとの判断を示し、上告を棄却。
 
<解説>   
● 本判決:
本件各規定の目的・性質について、
「関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理という行政上の目的を、大量の郵便物について簡易、迅速に実現するための規定である」とした上で、
令状、承諾の要否に関し、
税関職員ににおいて、郵便物を開披し、その内容物を特定するためなどに必要とされる検査を適時に行うことが不可欠であって、本件各規定に基づく検査等の権限を税関職員が行使するに際して、裁判官の発する令状を要するものとはされておらず、また、郵便物の発送人又は名宛人の承諾も必要とされていないことは、関税法の文言上明らかである」と判示し、

さらに、その検査の範囲に関し、
発送人又は名宛人の承諾を得なくとも、具体的な状況の下で、上記目的の実効性の確保のために必要かつ相当と認められる限度での検査方法が許容されることは不合理といえない」と判示。

本件事案における事実関係に即して、
「本件郵便物検査は、前記のような行政上の目的を達成するために必要かつ相当な限度での検査であった」として、「本件郵便物検査を行うことは、本件各規定により許容されていると解される」との事例判断を示している。
 
●行政手続として行われた本件郵便物検査が、令状も承諾もなく許容されていると解することと憲法35条の関係 

◎ 憲法 第35条〔住居侵入・捜索・押収に対する保障〕
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
②捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

◎ 最高裁昭和47.11.22(川崎民商事件):
「憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。」とした上で、
旧所得税法所定の質問検査権が憲法35条1項の法意に反しないとした理由について、
①国家財政の基本となる徴収権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的(=目的の内容・公益性)、
②刑事事件の追及を目的とする手段ではなく、実質上も、刑事資料収集に直接結びつく作用を一般に有しないこと(=手続の一般的性質・機能・刑事手続との関係)、
③強制態様が、罰則による間接的なものであって、直接的物理的な強制ど同視すべき程度にまで達していないこと(=強制の態様・程度)、
④収税官吏による実効性ある検査制度が必要不可欠であり、目的、必要性に鑑みて、強制の程度が不均衡、不合理ではないこと(=目的・必要性との比較衡量による強制程度の合理性
を指摘。

最高裁H4.7.1(成田新法事件判決)も同様の枠組みに基づき、強制的な行政手続の憲法35条の適合性の判断が示された。

◎ 本判決は、このような川崎民商事件判決・成田新法事件判決の判断枠組みに基づき、本件具体的事実関係の下で、本件郵便物検査を行うことが本件各規定により許容されていると解するという関税法の解釈が、憲法35条の法意に反しないとの事例判断を示した。

◎本件各規定に基づく郵便物検査の目的・性質
関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理という行政上の目的を、大量の郵便物について簡易、迅速に実現するための手続で、刑事責任の追及を直接の目的とする手段ではなく、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものではない。

国際郵便物に対する税関検査であることに伴う、本件郵便物検査の特質を踏まえて判示。 
 
◎強制の態様・程度に関する事情 
①国際郵便物に対する税関検査は国際社会で広く行われており、国内郵便物の場合とは異なり、発送人及び名宛人の有する国際郵便物の内容物に対するプライバシー等への期待がもともと低い
②郵便物の提示を直接義務付けられているのは、検査を行う時点で郵便物を占有している郵便事業株式会社であって、発送人又は名宛人の占有状態を直接的物理的に排斥するものではない⇒その権利が制約される程度は相対的に低い。
 
◎目的・必要性との比較衡量による強制程度の合憲性 
税関検査の目的には高い公益性が認められ、大量の国際郵便物につき適正迅速に検査を行って輸出又は輸入の可否を審査する必要があるところ、
その内容物の検査において、発送人又は名宛人の承諾を得なくとも、具体的な状況の下で、上記目的の実効性の確保のために必要かつ相当と認められる限度での検査方法が許容されることは不合理とはいえない。
⇒本件郵便物検査が本件各規定によって許容されていると解することが、憲法35条の法意に反しない。
 
●本件においては、通関行政目的に基づいて必要性・相当性の認められる限度で適法に本件郵便物検査が行われた上で、反則調査手続に移行した後に、改めて裁判官の発する許可状を得て本件覚せい剤が差し押さえられ、犯罪調査手続として適法な鑑定などが行われている。

「本件郵便物検査が、犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行われたものでないことも明らかである」 

判例時報2383

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