地方公共団体に勧告の義務があることの確認を求める訴訟の確認の利益の有無(否定)
東京高裁H29.12.7
<事案>
控訴人は、本件給食センターは本件地区計画において定められた地区整備計画に違反して建築が許されないものであるにもかかわらず、訴外会社からの建築の届出に対し、被控訴人が都計法58条の2第3項に基づく勧告をしなかったとして、
被控訴人をして同項に基づき必要な是正措置を執るよう勧告する義務があることの確認を求める訴えを公法上の当事者訴訟として提起。
ここで求める勧告の内容は、
当初の時点では、給食センターの建築が未完成⇒「本件給食センターを建築しないよう勧告する義務」
平成29年8月に建築が完成⇒
控訴審段階では、
主位的に「本件給食センターの建物を除却するよう勧告する義務」があることの確認
予備的請求として「本件給食センターの操業に関し、排出させる油煙等の量等を常時計測し、従来維持されていた環境より栗木マイコン地区の環境が悪化するおそれが生じたときは工場の操業を一時停止するなどの措置を執るよう勧告する義務」のあることの確認。
<争点>
①行政指導にすぎない「勧告」義務があることの確認を求める本件訴え(公法上の当事者訴訟)に確認の利益があるといえるか
②控訴人の求める内容の勧告をする義務を被控訴人(川崎市)が負うといえるか(被控訴人に勧告をするか否か及び勧告内容について裁量があるか、あるとして本件で被控訴人に裁量権の逸脱濫用が認められるのか)
<規定>
都市計画法 第58条の2(建築等の届出等)
3 市町村長は、第一項又は前項の規定による届出があつた場合において、その届出に係る行為が地区計画に適合しないと認めるときは、その届出をした者に対し、その届出に係る行為に関し設計の変更その他の必要な措置をとることを勧告することができる。
<一審>
●訴えを却下
●傍論として、「被告(被控訴人)が訴外会社に対し、都計法58条の2第3項に基づき、本件給食センターの建築をしないよう勧告する義務を負っていると認められるか否か」
都市計画の決定の判断は、政策的・技術的な見地から行政庁の広汎な裁量に委ねられているところ、同項に基づく勧告をするか否かの判断も、同様に政策的・技術的な見地からの行政庁の広範な裁量に委ねられている
⇒
勧告の不行使が裁量権の行使として違法になるのは、法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下においてその不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合に限定される。
行政指導としての勧告の性質
⇒勧告しないことが「許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く」と認められるためには、「相手方が勧告に従うことについての高度の蓋然性がある場合であることが必要」
⇒本件で勧告をしなかったことについての裁量権の逸脱濫用はない。
<判断>
●都計法上、同法58条の2第3項の規定による市町村長の勧告については、相手方に当該勧告に従うことを義務付ける規定はなく、勧告に従わないことに対する罰則や行政上の制裁措置は設けられていない
⇒当該勧告に法的効力はなく、当該勧告は行政指導としての性質を有するものと解することができる。
勧告による指導の内容が実現されるか否かは当該勧告を受けた相手方の任意の協力が得られるか否かに委ねられる(行手法32条1項)⇒行政庁が当該勧告をしたとしても、相手方がこれに従うことが確実とはいえず、本件給食センターの建築を防止するという控訴人の目的が直接的に達成されるわけではない。
①訴外会社と被控訴人との間には、本件給食センターの建築及びその後の給食事業の実施の委託につき契約関係があり、この契約関係は、本件敷地に本件給食センターを建築し、操業することが可能であること、及び、本件地区計画の存在により契約内容が左右されないことを前提として成立したもの
②都計法58条の2第3項の勧告は、訴外会社に対し、前記契約上の債務とは別に、本件地区計画への適合性を担保するための措置を求めるものであり、訴外会社が任意にこれに従う可能性の低いことは明らか
他方で
③本件給食センターの操業により控訴人が財産的被害を受けるというのであれば、当該被害又はその発生のおそれの存在につき主張立証した上で、不法行為等に基づき、訴外会社に対し本件給食センターの操業差止めを、又は被控訴人に対し、本件給食センターへの委託に係る給食事業の差止めを求める民事訴訟を提起する手段が存在し、これに勝訴すれば、直接的に控訴人の目的を達成することができる。
予備的請求についても、本件地区の環境が悪化するおそれが生じた場合に本件給食センターの操業を一時停止すること等を勧告の内容とするもの⇒訴外会社が当該勧告に従う見込みがあるとはいえない。
⇒
本件において、被控訴人に勧告義務があることの確認を求めることは、紛争の解決に有効適切であるとは認められない⇒本件訴えは、確認の利益を欠くとして、本件訴えを全部却下。
●
①本件給食センターが本件地区計画に適合しないという事態が生じたのは、被控訴人が、自らの事業の立地として、既存の被控訴人所有地から本件敷地を選択した結果であり、
②当該選択は、主として被控訴人自身の事情(財政面の制約等)によるもの
⇒
このような選択の結果、前記不適合を自ら惹起した被控訴人が、都計法58条の2第3項の勧告に関し広範な裁量を有するといえるかについては疑問の余地がある。
<解説>
●確認の利益一般
確認の訴えの利益は、一般的には、原告が提示した訴訟物たる権利関係について、確認判決をすることが、原告の権利又は法律関係に対する現実の不安・危険を除去するために、必要かつ適切な場合に認められる。
①確認の訴えは、権利関係の存否を観念的に確定すること通じて紛争を解決すると同時に、将来の派生的紛争を予防しようとするもの。
⇒その性質上、権利の強制的実現の裏打ちがない。
②確認の訴えの対象は論理的には無限定
⇒
①当該紛争について、権利の確認という紛争解決手段が有効適切に機能するかという実効性及び
②解決を必要とする紛争が現実に存在するかという現実的必要性
の観点から、
確認の利益の存否を吟味・検討することによって、
紛争解決にとって無益な確認の訴えを排除して、制度効率を維持ないし高める必要がある。
⇒
その観点から、確認の利益を訴訟要件とされている。
●地区計画と都計法58条の2第3項の勧告
地区計画の地区整備計画においては、建築物の敷地、構造、建築設備、又は用途に関する事項が定められる(都計法12条の5第7項)が、
地区計画の区域内において建築行為を行おうとする場合の地区計画適合性を担保するため、
建築行為を行おうとする者は、当該行為に着手する日の30日前までに市町村長に届出を義務付け(都計法58条の2第1項)、
市町村長は、届出内容を審査した上で、それが地区計画に適合しないと認めるときは、その届出をした者に対し、その届出に係る行為に関し設計の変更その他の必要な措置をとることを勧告(同条3項)。
建築行為が都計法29条1項の開発許可を要する場合に当たるときは前記届出を不要とし(都計法58条の2第1項5号)、適合性は開発行為の許可の際に審査するもの(都計法33条1項5号)としているし、
市町村の条例において、地区計画の内容として定められた建築物の敷地、構造、建築設備又は用途に関する事項を取り込み、制限として定めた場合(建基法68条の2)には、地区計画適合性は建築確認の際に審査される(建基法6条)。
~
開発許可を要する場合や地区計画で定められた事項が条例で制限として定められた場合を除くと、
地区計画適合性は、地区計画に適合しない建築行為の届出に対し、市町村長が是正の勧告をするという形で担保していくというのが都計法の制度設計になっている。
この「勧告」は、行政指導の一種であり、勧告に従わない場合に氏名を公表するということも制度的には予定されていない。
市町村長は、それ以上の権限を有しない。
開発許可を要する場合や条例に取り込まれた場合を除くと、地区計画適合性は勧告という相手方の任意の協力がなければ実現しないやわらかい手段によって担保。
●
最高裁の判例には、行政指導の勧告を抗告訴訟の対象になる処分と捉え、抗告訴訟のルートに乗せたものもある(最高裁H17.7.15)。
行政指導は相手方の任意の協力を求めるものであるが、事実上それに従わせる力が働くことは公知の事実。
⇒
最近の行手法の改正において
「違法な行政指導の中止の求め」(36条の2)
「行政指導の求め」(36条の3)
の制度が設けられた。
これを訴訟の場面でみると、
行政指導としての勧告は、原則として抗告訴訟の対象となる処分に当たらない
⇒
公法上の当事者訴訟としての確認の訴えを利用して、
行政指導に従う義務のないことの確認とか、行政指導をする義務のあることの確認という訴訟形式で争うとうことが考えられる。
行訴法の改正で同法4条の公法上の当事者訴訟に「確認の訴え」が明記された点も、この議論の1つの支えになり得る。
行政指導というのも、任意の協力を求めるという建前はともかく、事実上それに従わせる力がある
⇒その中止を義務付けたり、行政指導するように義務付けることは、紛争の解決方法として取り上げるに値する。
訴訟の場では、それは公法上の確認の訴えという形式になり、これが紛争解決の方法として有効適切と捉えられる余地もある。
判例時報2379
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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