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2018年10月25日 (木)

一審:心神耗弱(弁護人争わず)⇒控訴審:心神喪失で無罪

東京高裁H28.5.11    
 
<事案>
被告人(当時31歳)が、弟(当時28歳)及び祖母(当時89歳)に対し、それぞれ、頚部、腹部等を果物ナイフで多数回突き刺すなどして殺害したという殺人2件の事案。 

<一審>
裁判員裁判で、被告人の責任能力に対し、心身耗弱であったことについて検察官と弁護人との間に争いがなく、量刑のみが争点。

検察官:懲役10年を求刑
弁護人:刑の執行猶予の意見
弁護人の主張に対する判断を示すことなく、被告人の精神症状を簡潔に説示した上、被告人は、本件当時、「広汎性発達障害と妄想型統合失調症が複雑に絡みつつ発展した精神障害により心神耗弱の状態にあった」と判示して、法律上の軽減を行った上で、懲役8年。
   
被告人が控訴。

控訴人の弁護人:
被告人は本件当時心神喪失であったから原判決には事実誤認がある。
量刑不当。
を主張。
 
<判断>
第1審判決について
悪魔に関する妄想の圧倒的な影響をうかがわせる、犯行態様の執拗性、過剰性、異常性に関する事情及び犯行に至る経緯における事情が多数認められるにもかかわらず、これらを適切に考慮することなく、また、・・合理的とはいえない起訴前の精神鑑定に依拠して心神耗弱の認定

論理則、経験則等に照らして不合理な認定をしたものと言わざるを得ず、事実誤認がある。

第1審判決を破棄し、心神喪失であることについて合理的な疑いがある⇒無罪。
 
<解説>
●心神喪失・心神耗弱の認定
◎ 心神喪失と心神耗弱とは、いずれも精神障害の態様に属するものであるが、その程度を異にする。

心神喪失:
精神の障害により事物の理非善悪を弁識する能力がなく又はこの弁識に従って行動する能力がないことを指称

心神耗弱:
精神の障害がいまだ前記の能力を欠如する程度に達していないが、その能力が著しく減退した状態を指称。

(大判昭和6.12.3)
心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは、法律判断
⇒専ら裁判所にゆだねられるべき問題。

その前提となる生物学的、心理学的要素についても、法律判断との関係で究極的には裁判所の評価に委ねられるべき問題。(最高裁昭和58.9.13)

生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度:
その診断が臨床精神医学の本分
⇒専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して認定すべき。(最高裁H20.4.25)
but
鑑定の前提条件に問題があるなど、合理的な事情が認められれば、裁判所はその意見を採用せずに、責任能力の有無・程度について、被告人の犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様等を総合して判断することができ、
特定の精神鑑定の一部を採用した場合においても、当該意見の他の部分に事実上拘束されることなく、前記事情を総合して判定することができる。(最高裁H21.12.8)

文献。
 
●本判決の位置付け 
①犯行に至る経緯や犯行状況は、悪魔に関する妄想の圧倒的な影響が強く疑われることを指摘。
②D1意思やD2医師の証人尋問等の事実調べを行い、
③被告人の成育歴、家庭環境等を検討。

本件犯行の態様や犯行動機の異常性について妄想型統合失調症に起因する「一時的妄想」の影響を重視し、
本件犯行が広汎性発達障害によるもので、妄想も「二次的妄想」による影響が大きいとしたD1医師の鑑定の推論過程等を合理的でないとした。

検察官の主張(動機は了解可能である、犯行態様は合目的的である、被告人の統合失調症の症状は重症化していない、犯行当時の妄想の確信度は低く、事後的に妄想追想によって体系化されて確信度が高まった)を踏まえて検討しても、被告人は、保険当時、心神喪失であった合理的な疑いがある。

心神喪失・心神耗弱の認定は、究極的には、裁判所に委ねられるべき問題

裁判所は、たとえ、心神耗弱であることについて、検察官と弁護人の間に争いはなく、公判前整理手続において心神喪失や心神耗弱の問題が積極的に争点とされなかったとしても、後半審理における証拠調べに基づき、鑑定に対する評価を含め、慎重に判断することが求められる

判例時報2377

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