高齢者の万引きで責任能力が争われた事例・精神鑑定の必要性
高松高裁H28.6.21①
高知地裁H29.8.7②
<事案>
②事件は①事件の差戻審。
被告人(女性、犯行当時69歳)は、平成27年8月、青果店で食料品4点を万引き。
被告人は、平成21年以降、万引窃盗により罰金刑、執行猶予付き懲役刑、保護観察付きの執行猶予付き懲役刑に各回処せられ、本件各判決当時は最終刑の執行猶予期間中。
<差戻前1審>
弁護人は、心神喪失又は上津役を主張して精神鑑定を請求。
その必要性を明らかにするため、精神科医師A作成のA意見書2通を提出⇒取調べ。
A意見書:
2回の問診、脳画像検査(SPECT)、心理検査、親族からの聴取を踏まえて、被告人は前頭側頭型認知症にり患。
被告人の異常な窃盗行為は、脳の前方連合野から大脳基底核への抑制が外れた結果として発生する前頭葉の機能が障害された結果、社会的対人行動の障害、自己行動の統制障害等につながり、状況の判断ができず、同じ行動を繰り返す傾向のため、窃盗行為という形で病的に行動を継続してしまう
として、同認知症が本件犯行及び弁識制御能力に与えた影響を説明し、正式な精神鑑定の必要があると述べていた。
前記精神鑑定請求を却下。
被告人が前頭側頭型認知症にり患していたことは否定しなかったものの、
①一部を購入し一部を窃取した、
②夫等と一緒のときは万引きをしていない、
③窃取品は食料品という無用でない物であり、その一部を警察署まで隠匿
④同認知症が表れたとされrかなり前から万引きをしていた
⇒
完全責任能力を認めた。
<控訴審>
(①)
①A医師の精神医学に関する専門家としての能力や公正さに疑問を抱かせる事情はうかがわれず、
②A意見書は、正式鑑定ではないことから十分とへいえないものの、前提条件についての重要な誤りがあるとはいえない。
③原審証拠には、A意見書に示された前頭側頭型認知症の診断及び同認知症の診断及び同認知症が弁識制御能力に与えた影響を否定できるだけの証拠はない
④本件当日の被告人が責任能力に疑問を抱かせるような無軌道な行動をとっている。
⇒
原審裁判所は、より十分な資料と精神医学の専門的知見を得て、被告人の精神障害、具体的には発症時期を含めた前頭側頭型認知症り患の有無及び程度並びにその弁識制御能力への影響を明らかにする必要があった。
⇒
訴訟手続の法令違反により原判決を破棄。
<差戻審>
(②) B医師による精神鑑定(B鑑定):
①前頭側頭型認知症を否定し、
被告人は平成23年頃からアルツハイマー型認知症にり患しており、鑑定時は軽度で、本件当時は軽度ないしごく軽度。
②被告人は、窃盗が悪いことであると答える能力はあるが、記憶障害や判断力の障害などから行動を制御する能力は著しく落ちており、そのことが本件犯行に大きく影響。
B鑑定のうち
①被告人がアルツハイマー型認知症にり患し、鑑定時において軽度であるとする点
②同認知症により、自分の身を守り、捕まらないようにするという判断応力や、このような行動をしたら、自分の身にどのような影響を与えるかという社会的動物としての予見性、判断力が低下していたとする部分
を採用。
同認知症の犯行に対する影響は大きいとする部分については、
①重症度の判定につき具体的な根拠が乏しいこと
②影響が大きいとした根拠である記憶障害や、当日、自分がどこに行って、どこで盗んだかも分かっていなかったという点は、取調べDVDにおける被告人の供述状況(当日の4回の万引きにつき客観的事実と概ね一致)と整合しない
⇒
採用できない。
①犯行態様から被告人の違法性の意識は明らかで、その行動は万引きの目的に照らし合理的であること、
②夫等といるときは万引きをしていないこと
などを総合
⇒完全責任能力を肯定。
量刑判断:
①被告人の判断能力はアルツハイマー型認知症によって大きく低下していた疑いがあり、これが犯行に相当程度影響を与えたことは責任を相当程度減じるもの
②保釈後の治療の継続や再犯防止の措置
⇒罰金刑を選択。
<解説>
●常習的な万引き事案において、窃盗症(クレプトマニア)又は摂食障害を伴う窃盗症を理由とする心神喪失又は耗弱が主張され、あるいは、これらを理由とする責任の減少や治療の必要性・有効性が減刑事由として主張されることが少なくない。
大阪高裁昭和59.3.27は、摂食障害を理由に心神喪失を認めた。
その後は、大阪地裁岸和田支部H28.4.25のみ:
広汎性発達障害の影響下で摂食障害、盗癖にり患し、食料品の溜め込みと万引きへの欲求は制御し得ない程度であったという精神鑑定
⇒制御能力の著しい減退による心神耗弱をみとめたもの(罰金)。
量刑判断において、
①責任能力(多くの事例が制御脳能力)の減少による責任の減少や、
②窃盗症等の治療の開始による再犯防止の見込み
⇒
(再度の)執行猶予付き懲役刑や罰金刑に処した事例も相当数存在。
●65歳以上の高齢者の窃盗による起訴人員の増大。
認知症による責任能力の減退や責任減少が問題となる事例。
精神鑑定に基づき、認知症のために行動制御能力が著しく減退⇒心神耗弱を認めた例。
被告人を診察した医師の証言・意見書により、前頭側頭型認知症のために衝動制御が困難⇒再度の執行猶予。
but
前頭側頭型認知症にり患しているとの医師の見解を排斥して責任の減免を否定した例も。
認知症による心神耗弱又は責任の減少が認められた事例では、弁識能力はあるが、認知症のために衝動制御が困難だ得るとして、制御能力の低下をいう鑑定意見等が出されている。
●証拠の採否は、それが裁判所の合理的裁量の範囲内にある限り違法とされることはない。
精神鑑定請求についても、裁判所が、既出の証拠から被告人の精神状態に異常がないとの心証を形成し、鑑定を命じても心証が覆らないと判断⇒却下しても差し支えない。
本件差戻し前第一審:
①心理学的要素に関する諸事実と
②前頭側頭型認知症のエピソードの出現前に被告人が万引きを始めていたこと
⇒完全責任能力を肯定。
but
控訴審は、精神医学の専門家であるA医師から相応の資料と根拠に基づく問題提起⇒原判決が指摘する事情では、精神鑑定を不必要とする判断に合理性がないとしたもの。
判例時報2372
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