危険運転致死傷罪の共同正犯と救護・報告義務
札幌高裁H29.4.14
<訴因>
①Aの酒気帯び運転
②A・Bにつき被害者5名それぞれに対する危険運転致死傷の共同正犯(予備的にAの過失運転致死傷、Bの過失運転致死)、
③Bの救護・報告義務違反
<主張>
被告人両名:
①赤信号を見落としただけで殊更に無視していない
②信号無視高速運転の共謀はない
被告人B:
③Aと共謀していない⇒B車が轢跨したV3以外の被害者に対する交通事故については救護・報告の義務を負わない
④V3に対する交通事故については、V3を轢跨し引きずった認識がなかった⇒救護・報告義務違反の故意を欠く
<解説>
●危険運転致死傷罪の共犯に関する裁判例
危険運転致死傷罪:
構成要件として、
正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為や重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為等を行い、
よって人を死傷させたことを規定
その「運転する行為」を行う者として想定されるのは「運転席に位置して運転操作をする者」
最高裁H25.4.15:
①運転者と被告人両名(先輩)との関係
②運転者が被告人両名に車両発進につき了解を求めるに至った経緯及び状況
③これに対する被告人両名の応答態度等
⇒
運転者が車両を運転するについては、先輩であり、同乗している被告人両名の意向を確認し、了解を得られたことが重要な契機となっている一方、
被告人両名は、運転者がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態であることを認識しながら、車両発進に了解を与え、その運転者の運転を制止することなくそのまま車両に同乗してこれを黙認し続けた
⇒
上記の被告人両名の了解とこれに続く黙認という行為が、運転者の運転の意思をより強固なものにすることにより、運転者の危険運転致死傷罪を容易にしたこと明らか
⇒
危険運転致死傷幇助罪の成立を肯定
●複数の車両で走行した場合の共同正犯
◎ 本件:信号無視高速運転類型の事案であり、共同正犯として起訴されたのは競い合うように高速度で走行した2台の運転者
<原審>
①AとBがそれぞれ相手の車が高速度で走行する状況を認識した上で、一方が速度を上げれば他方も速度を上げるなど、速度を競うように高速度で走行しており、事故交差点に接近する際も、相手方停止しようとしない走行状況を認識していた
②AとBの双方が、相手が赤色侵害に従わずに高速度のままで交差点を通過しようとする意思を有していることを認識し、自らも一緒に赤色信号に従わずにそれまでの走行と同様に競うように高速度のまま交差点を通過しようとする意思を有していた
⇒
交差点に侵入する時点において、赤色信号に従わずに高速度のままで交差点を通過する意思を相通じていた
⇒
共謀の成立を認めた。
<判断>
AとBとが、交差点に至るに先立ち、殊更に赤色信号を無視する意思で、両車両が交差点に進入することを認識し合い、
そのような意思を暗黙に相通じて共謀を遂げた上、
各自がそのままの高速度による走行を継続して交差点に進入し、危険運転行為に及んだことが肯認できる
⇒
原判決を支持
◎運転者AがA車を運転して赤色信号を無視して高速度で交差点に進入した行為がA車による危険運転致死傷罪の実行行為。
⇒
B車の運転者であるBは、実行行為を分担したのではなく、共謀により加担した者と位置づけられる。
B車による危険運転致死罪の実行行為に対するAの関与も同様。
⇒
観念的には、
Bと共謀してAが実行行為に及んだA車による危険運転致死傷(V1~V5)の共同正犯と、
Aと共謀してBが実行行為に及んだB車による危険運転致死(V3)の共同正犯とが並立。
控訴審判決でも、AとBが共謀を遂げた上で各自が危険運転の実行行為に及んだとして、この点が明確に。
本件のような類型の危険運転致死傷罪の共同正犯は、
運転者の信号無視高速運転について意思を連絡した者すべてに共謀共同正犯が成立するのか、限定的な範囲で成立するとすべきなのかは、
今後の検討課題。
ex.
A社の同乗者がAの危険運転行為を提案し、積極的に賛同した場合。
AとBが信号無視高速運転の意思を共有して交差点に接近したが、A車のみが交差点に進入して交通事故を起こし、B車は交差点に進入しなかった場合。
●救護・報告義務を負う運転者
<規定>
道交法 第七二条(交通事故の場合の措置)
交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。
道交法 第一一七条
車両等(軽車両を除く。以下この項において同じ。)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において、第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反したときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2前項の場合において、同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
◎ 道交法72条の義務は、当該交通事故に関与した車両の運転者に課せられたもの。
名古屋地裁H22.1.7:
危険運転致死傷に基づく運転者の不救護・不申告について、同乗者が共謀共同正犯又は幇助犯として起訴されたが、いずれも成立しないとされた。
◎ 本件の事案:
Bだけでなく、V車と衝突したAも現場から走り去ったとした場合、危険運転致死傷罪の共同正犯たるAとBに救護・報告義務違反の共同正犯が成立するのか、それぞれが単独犯になるのか?
本件では、A車がV車と衝突してV1~V5を負傷させた事故(A車事故)と、B車がV3を轢跨して負傷させた事故(B事故)が連続して発生。
~
運転者の救護・報告義務を検討するに当たり、両方の事故を包括して考えるのか、個別に考えるのか?
被告人Bは、A車事故については救護・報告義務を負わない、B事故について認識がないと主張。
but
原審は、B車事故についての救護・報告義務違反について検討するまでもなく、A社事故についての救護・報告義務があったとし
Bは、Aとの間で危険運転致死傷罪の共謀が成立する⇒A車がV車に衝突したことについてもBは責任を負う関係にある。すなわち、A車がV車に衝突して被害者らを負傷させた交通事故も、Bの運転に起因する。
罪となるべき事実として
「Bが、B車を運転中、V1及びV3らに傷害を負わせる交通事故を起こし、もって自己の運転に起因して人に傷害を負わせたのに、B車の運転を停止して同人らを救護する等必要な措置を講じず、事故発生の日時等を警察官に報告しなかった」との事実を認定。
◎ 車両や歩行者との衝突・ 轢過など車体が直接接触することがなくても、車両の交通により人が死傷し、これとの相当因果関係が認められることもあり得る(最高裁昭和38.1.24)。
控訴審も、BがAとの間で危険運転行為の共謀を遂げたことを理由として、BにA車事故に基づく救護・報告義務の違反が成立するとした判断を支持。
判例時報2373
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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