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2018年9月 5日 (水)

ハーグ条約実施法に基づき子の返還を命じた原審を維持

大阪高裁H29.9.15      
 
<事案>
X(夫・Z国籍)とY(妻・日本国籍)は平成26年婚姻し、長女(現2歳)をもうけた。
長女は出生以来、X・Y夫婦と一緒にZ国で生活。 
Yは、平成28年、長女を連れて日本に帰国し、以降、わが国で生活。
現在、長女のZ国への渡航は妨げられている。(本件留置)

Xは、Yに対し、平成29年、
国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(いわゆるハーグ条約実施法)に基づき、長女を常居所地国であるZ国に返還するよう求めた。
 
<規定>
実施法 第二七条(子の返還事由)
裁判所は、子の返還の申立てが次の各号に掲げる事由のいずれにも該当すると認めるときは、子の返還を命じなければならない
一 子が十六歳に達していないこと。
二 子が日本国内に所在していること。
三 常居所地国の法令によれば、当該連れ去り又は留置が申立人の有する子についての監護の権利を侵害するものであること。
四 当該連れ去りの時又は当該留置の開始の時に、常居所地国が条約締約国であったこと。
 
実施法 第二八条(子の返還拒否事由等)
裁判所は、前条の規定にかかわらず、次の各号に掲げる事由のいずれかがあると認めるときは、子の返還を命じてはならない。ただし、第一号から第三号まで又は第五号に掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して常居所地国に子を返還することが子の利益に資すると認めるときは、子の返還を命ずることができる
一 子の返還の申立てが当該連れ去りの時又は当該留置の開始の時から一年を経過した後にされたものであり、かつ、子が新たな環境に適応していること。
二 申立人が当該連れ去りの時又は当該留置の開始の時に子に対して現実に監護の権利を行使していなかったこと(当該連れ去り又は留置がなければ申立人が子に対して現実に監護の権利を行使していたと認められる場合を除く。)。
三 申立人が当該連れ去りの前若しくは当該留置の開始の前にこれに同意し、又は当該連れ去りの後若しくは当該留置の開始の後にこれを承諾したこと。
四 常居所地国に子を返還することによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があること。
五 子の年齢及び発達の程度に照らして子の意見を考慮することが適当である場合において、子が常居所地国に返還されることを拒んでいること。
六 常居所地国に子を返還することが日本国における人権及び基本的自由の保護に関する基本原則により認められないものであること。

2裁判所は、前項第四号に掲げる事由の有無を判断するに当たっては、次に掲げる事情その他の一切の事情を考慮するものとする。
一 常居所地国において子が申立人から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動(次号において「暴力等」という。)を受けるおそれの有無
二 相手方及び子が常居所地国に入国した場合に相手方が申立人から子に心理的外傷を与えることとなる暴力等を受けるおそれの有無
三 申立人又は相手方が常居所地国において子を監護することが困難な事情の有無

3裁判所は、日本国において子の監護に関する裁判があったこと又は外国においてされた子の監護に関する裁判が日本国で効力を有する可能性があることのみを理由として、子の返還の申立てを却下する裁判をしてはならない。ただし、これらの子の監護に関する裁判の理由を子の返還の申立てについての裁判において考慮することを妨げない。
 
<争点>
(1)Z国において、長女を耐え難い状況に置くことになる重大な事由があるか(法28条1項4号)
(2)Xは長女を監護する権利を行使しなかったか(法28条1項2号)
(3)Xが本件留置を承諾したか(法28条1項3号)
 
<原審> 
●子の返還事由(法27条各号)について、
長女が16歳に達しておらず(1号)
日本国内に所在し(2号)
常居所地国と認められるZ国の法令によれば、Xは長女について監護の権利を有し、本件留置がその権利を侵害すること(3号)
本件留置の開始時にZ国がハーグ条約の締結国であったこと(4号)
を認定。
⇒本件では、子の返還事由がある。
 
●返還拒否事由について
◎(1)Z国において、長女を耐え難い状況に置くことになる重大な事由があるか(法28条1項4号)
①Z国において、Xによる長女自身に対する虐待は認められず、そのおそれもあに
Xから長女に心理的外傷を与えるような暴力を受けるとのYの主張を裏付けるのに十分な資料も具体的な事情も認められない
③子の返還決定は、X・Yの同居を命ずるものではなく、YがZ国で個人保護命令を得ている⇒X・YがZ国で別居した場合にXがYに対し再度の暴行を加えるおそれがあるとは認められない。
④XがZ国で長女を監護することが困難な事情は認められない。
⑤YはXの暴力に起因するPTSDや住宅事情を主張するが、Yが罹患したとするPTSDの程度は判然としないし、Z国の住宅事情も、Xが実家に転居しYが自宅に戻るという選択肢もある⇒いずれも監護困難事情とは認められない。

本件では、長女を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があるとはいえない
 
◎(2)Xは長女を監護する権利を行使しなかったか(法28条1項2号)
Yは、平成28年に長女を連れて自宅を出てシェルターに入所したが、これをもってXが長女に対する監護の権利を行使していないとはいえない。
 
◎(3)Xが本件留置を承諾したか(法28条1項3号)
それを認めるに足りる的確な資料はない。
⇒Xの申立てを認容。
 
<判断> 
原審と同様、返還拒否事由はいずれも認められない
⇒Yの抗告を棄却。
(1)について、
Yは日本に帰国後も保護命令の審理や長女とXとの面会交流のためにZ国に複数回入国しているが、Xはその間保護命令に反する行動をとっておらず、そこに一定の抑止効果を認めることができる。
Yの、PTSD悪化する等の、意見書、診断書も採用せず。
(2)について
Xが監護の権利を行使しなかったのは、Yがシェルターに入所してYに居所を秘匿していたから。
(3)について
Xは、Yが長女を連れて日本に入国したことを知ると、
Z国の中央当局を通じて援助決定通知を受け、
わが国の外務省の面会交流支援事業を通じて長女と面会交流を実施するなどしている

これらの一連の経緯をみると、Xの本件申立てがYの日本入国から約1年経過しているとしても、これを留置の承諾とみることはできない。
 
<解説>
●子の返還の申立てを受けた家庭裁判所:
法27条所定の返還事由があると認めたときは、法28条所定のいずれかの返還拒否事由があると認めた場合を除き、子の返還を命じなければならない。
(ただし、一切の事情を考慮して常居所地国に子を返還することが子の利益に資すると認めるときは、その場合でも子の返還を命じることができる。(法28条1項柱書ただし書、裁量返還))

●子の監護権の不行使(法28条1項1号):
子の返還を求める親が、監護権を有するのに現実にこれを行使しなかったという事態はあまり想定されない。

●留置の承諾(同項3号):
一般的に、
紛争の経緯の中で表明された意見自体の意味内容が多義的であったり、変遷したり、双方の認識に隔たりがあることも少なくない
⇒その認定には慎重さが求められる。

裁判例:
子のわが国における滞在に対する同意・承諾といっても、一時的なものでは足りず、相当長期間にわたり居住し続けることを認めて、もはや子の返還を求める権利を放棄したと評価できる程度まで要するとするものが多い

●法28条1項4号
「常居所地国に子を返還することによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があること。」:
この返還拒否事由は、子の返還を拒む親の気持ちを直截的に表明⇒その有無が争点となる事例は極めて多い。 

法は、裁判規範を明確にし、当事者予測可能性を確保する観点
⇒該当性判断に当たり考慮すべき事情を法28条2号各号に列挙。
本件でも、
Z国において長女がXから暴力等を受けるおそれ(同項1号)
長女がZ国に入国した場合、YがXから長女に心理的外傷を与えるような暴力その他有害な言動等を受けるおそれ(同項2号)
XとYとがZ国において長女を監護することが困難な事情(同項3号)
が検討された。

本件:
医師の意見書等について、
いずれも医師としての具体的な診断結果に基づくものではなく、害悪の発生を予想し、あるいはその可能性を指摘するにすぎない⇒不採用。

裁判例の中には、
医師による意見書等の信用性評価について、
診断書等が前提としている事実関係が専ら監護親の説明に基づいており、内容の正確性が担保されていないとか、
監護権を侵害された親と子の面会交流の状況と整合しない内容を含むとか、
③子はそれまで常居所地国では精神状態に係る診察等を受けたことがなかったのに、来日後、子の返還を請求されるや、これに呼応する形で精神科を受診させている
などの経緯が指摘されている。

判例時報2372

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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