原判決での死刑を量刑不当で破棄し、無期懲役とした事例
大阪高裁H29.3.9
<事案>
白昼の繁華街において、無差別に通行人男女2名を包丁で殺害した事案。
●責任能力について
検察官は、本件の起訴前にD1医師(公判前整理手続段階で死亡)によるD1鑑定を行ったが、
公判前整理手続において新たに裁判員法50条による鑑定を請求し、D2医師によるD3鑑定が行われた。
原審公判では、D3医師に対する鑑定人尋問と弁護人請求のD2医師(D1鑑定の鑑定補助者)の証人尋問が行われ、弁護人請求のD1医師作成の精神鑑定書も取り調べられた。
D1、D2鑑定及びD2証言:
被告人は、犯行時、覚せい剤中毒後遺症ないし覚せい剤精神病の遷延・持続型(「本件精神障害」)にり患しており、それによる「刺しちゃえ」等の幻聴が犯行に影響したことを認める。
D3鑑定:幻聴の影響は被告人自身が決めた行為を後押しし又は強化する程度にすぎず、覚せい剤の長期使用による大きな人格変化もないとしたのに対し、
D1鑑定とD2証言:犯行は幻聴に強く影響されており、被告人は覚せい剤の長期使用によって攻撃性等が強まりやすくなっていて、犯行前にそれらが著しく強まっていたとした。
<原審>
D3鑑定には合理性を欠くところがないが、
D1鑑定・D2証言には、前提とした幻聴内容等の事実関係又は前提事実からの推論過程に問題がある⇒D3鑑定を尊重すべき。
①犯行前の生活状況に異常がない、
②自暴自棄になって幻聴に従って刺すことしたという犯行動機は了解可能
③犯行に向けて合目的的に行動している
④犯行直後に反省の弁を述べている
⑤人格との異質性がない
⇒弁識制御能力が若干低下していた可能性はあるが、完全責任能力が認められる。
<判断>
原判断は正当。
①被告人が供述する幻聴の存在は否定できないが、
D3鑑定は、当時の被告人の状況や前後の言動等を踏まえて、変遷の著しい被告人供述を批判的に検討した上で、幻聴の影響を合理的に説明
D1鑑定のうち幻聴が犯行に強く影響したとする点は、被告人供述のとおりの事実を前提としていることから疑問
幻聴が人格全体を巻き込んで深く影響したとはいえないというD1鑑定の結論部分は、D3鑑定と大きな隔たりがない
②被告人には葛藤に対する耐性が低く、攻撃性の発散に対する閾値が低いという人格の偏りがあり(D1、D3両鑑定)、そのような被告人が、将来への不安・失望からくる死にたい気持ち、親族に対する憤りなどの複合的な葛藤状態に置かれ、自暴自棄となって本件犯行を決意したと認められる。
③覚せい剤使用による人格変化については、もともと被告人には著しい人格の偏り(攻撃性等)があり、D1鑑定及びD2医師が検討していない覚せい剤使用前からの暴力的な傾向をみると、人格の具体的変化は認められず、反抗への影響も大きくはない。
D1鑑定もこれと大きくは異ならず、人格変化を重視するD2証言は具体的根拠を欠く。
⇒
D3鑑定が合理的。
D3鑑定によれば、本件犯行は、前記人格の偏りのある被告人が葛藤状態の下、自らの意思で決めた行動であって、幻聴は被告人自身が決めた行為を後押しし又は強化する程度にとどまり、本件犯行が本件精神障害に支配され又は著しく影響を受けていたとは認められない。
動機の了解可能性、反道徳性の意識、行動の合理性、人格異質性(消極)については、原判決説示のとおり。
⇒
完全責任能力を認めた原判決は正当。
<解説>
最高裁H20.4.25:
生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については、専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、裁判所は、その意見を十分に尊重して認定すべき。
最高裁H21.12.8:
控訴審判決が、本件は妄想性障害による病的体験に直接支配された犯行であり、被告人は弁識制御能力を喪失していたとする精神鑑定を、前提資料や結論を導く推論過程に疑問があるとして採用せず、病的体験と犯行との関連性等を検討して心神耗弱を認めたことについて、その判断手法に誤りはなく、結論も相当であるとした。
最高裁H27.5.25(加古川7人殺害事件):
控訴審判決が、精神鑑定に基づいて妄想性障害を認めながら、同鑑定のうち同障害によって判断能力に著しい障害を受けていたとする部分を採用せず、完全責任能力を認めたことにつき、同鑑定部うbンは妄想の影響の程度に関する前提を異にしているとして、これを是認。
本判決の責任能力の判定場面における説示は、
まず鑑定意見に基づいて、精神障害が犯行に与えた影響の機序及び程度と、健常な精神機能(人格の偏りを含む)が作用した部分をできる限り明らかにして、その上で、精神障害の影響が弁識制御能力の喪失ないし著しい低下をもたらしたかについて、動機の了解可能性等を検討して、これを否定したもの。
鑑定結果が重大事件の帰趨を決することもある⇒請求者が的確な疑問を提起しているのであれば、50条鑑定の採用を躊躇してはならない。
●量刑不当について
判断 原判決の量刑理由のうち、
①罪質の悪質さ、②強固な殺意に基づく態様の残虐さ、③結果の重大性、④社会的影響の大きさは正当。
⇒無期懲役よりも軽い刑は相当ではない。
but
⑤計画性が低いことを特に重視すべきでないとする点は是認できない、
⑥動機原因につき、反抗の決意に影響した幻聴は、覚せい剤の長期使用によって自ら招いた本件精神障害によるものであるから、幻聴の影響は特に有利に考慮できないとする点も是認できない、
⑦動機が身勝手かつ自己中心的であるとする点は相当だが、動機原因に酌むべき点が全くないとは言い切れない。
原判決の量刑判断は重要な犯情事実に関する誤った評価を前提とするもの。
計画性が低い上に精神障害の影響が否定できない。
殺害された2名以外に人的被害がない。
⇒
究極の刑罰であって公平性の確保の観点も考慮して真にやむを得ない場合に適用されるべき死刑につき、その選択がやむを得ないものとはいえない。
⇒
量刑不当により原判決を破棄し、無期懲役に。
<解説>
●殺害の計画性は永山基準が挙げる因子ではない。
but
最高裁H27.2.3:
早い段階から被害者の死亡を意欲して殺害を計画し、これに沿って準備を整えて実行した場合には、生命侵害の危険性がより高いとともに生命軽視の度合いがより大きく、行為に対する非難が高まる。
かかる計画性があったといえなければ、これらの観点からの非難が一定程度弱まる。
●従来の裁判例では、
覚せい剤の長期使用による精神障害の影響につき、犯行に影響した精神症状が、犯行に近接した摂取ではなく覚せい剤中毒後遺症による場合であっても、それは自己が招いた結果であるとして、量刑上被告人に有利に考慮しないことが多かった。
本判決の判断:
幻聴の影響は、被告人が自己の意思で決めた本件犯行(の遂行)を後押し又は強化した程度ではあるが、
それは、残虐な無差別通り魔殺人における被告人の生命軽視の態度を減じる要素として、また、遂行過程を含む犯行に向けた被告人の意思決定を一定程度左右した要素として考慮され、責任非難の度合いが軽減される。
~
薬物依存を自己の意思のみで断ち切ることは困難であるし、
刑の一部執行猶予の導入にも触れて、違法薬物の長期使用がもたらした幻聴の影響を量刑上考慮すべきであるとした。
薬物等の摂取による一時的精神障害につき、コモン・ローは精神障害の免責抗弁を認めていないが、
薬物等の長期使用によって持続的な物質誘発性精神疾患のような不治の精神障害になった場合には、この免責の抗弁を主張できるのが、
アメリカにおける一般的ルール。
●量刑事実(量刑判断の対象となる事実)、特に行為責任の大きさに関わる重要な事実について原判決の認定・評価に誤りがあり、原判決の量刑がこれらを正しく認定・評価した場合の量刑の枠を逸脱している場合には、量刑不当と判断。
事後審である控訴審は、量刑判断の不合理性を具体的に示す必要。
H27.2.3最高裁:
死刑の科刑が是認されるためには、死刑の選択をやむを得ないと認めた裁判体の判断の具体的、説得的な根拠が示される必要であり、
控訴審は、第一審のこのような判断が合理的なものといえるか否かを審査すべきであると判示。
⇒
死刑を言い渡す判決には、死刑の選択をやむを得ないと認めた具体的、説得的な根拠を示すべき重い説明責任が課されており(量刑傾向を大きく踏み出す懲役刑についても同じ問題がある。(最高裁H26.7.24))、
死刑選択を根拠として示された重要な量刑事実の認定・評価につき、控訴審が、その不合理性を具体的に指摘できるだけの理由をもって誤りと認めた場合には、死刑を選択した原判決が不合理であると判断され得る。
H27.2.3最高裁:
死刑は誠にやむを得ない場合に行われるべき究極の刑罰であって、その適用は慎重に行われなければならず、また、究極の刑罰であるがゆえに、その運用に当たっては、公平性の確保にも十分に注意を払わなければならない。
本判決:
死刑が究極の刑罰であることを踏まえて、
「死刑が相当かの判断は、無期懲役刑か死刑かどうかという連続性のない質的に異なる刑罰の選択であり、有期懲役刑における刑期のような、許容される幅といった考え方にはなじまないものである。」と説示。
判例時報2370
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))
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