労働保険料認定処分の取消訴訟において、業務災害支給処分の違法を取消事由として主張できるか(否定)
東京地裁H29.1.31
<事案>
総合病院を開設し、労災保険率の算定に当たり、労働保険の保険料の徴収等に関する法律(「徴収法」)12条3項に基づく、いわゆる「メリット制」の適用を受ける事業主(「特定事業主」)である医療法人社団Xが、前記総合病院に勤務する医師Aが脳出血を発症し、労働者災害補償保険法(「労災法」)に基づく休業補償給付等の支給処分(「本件支給処分」)を受けたことに伴い、処分行政庁から、本件支給処分がされたことにり労働保険の保険料が増額されるとして、徴収法19条4項に基づく平成22年度の労働保険の保険料の認定処分(「本件認定処分」)を受けた
⇒本件認定処分は違法であり、これを前提とする本件認定処分も違法であるとして、本件認定処分のうち増額された保険料額の認定に係る部分の取消しを求めて訴えを提起。
<解説>
労働保険料の額の算定に用いられる保険料の構成要素のひとつである労災保険率(徴収法10条、11条1項、12条1項参照)は、事業の種類ごとに、労働保険の保険料の徴収等に関する法律施行令(「徴収令」)、同施行規則(「徴収規則」)に基づいて定められている「基準労災保険率」を基準として(徴収法12条2項、徴収令2条、徴収規則16条1項)、
・・・当該連続する3保険年度の間における業務債が保険給付等の額等に応じて、法令に定める範囲内の一定率(「メリット増減率」)を引き上げ又は引き下げる処理等を行った後の率をもって基準日の属する保険年度の次々年度の労災保険率とすることができることとされている(メリット制)。
<争点>
労働保険料認定処分(本件認定処分)の取消訴訟において特定事業主が同処分の前提とされた業務災害支給処分(本件支給処分(労災法7条1項1号、12条の8等))の違法を主張することができるか?
これが肯定された場合、本件支給処分の違法性の有無について判断されることになる。
<判断>
●①特定事業主の事業に係る業務災害支給処分(処分の名宛人は労災申請をした者であり特定事業主ではない)の取消訴訟において特定事業主が原告定格を有するか(=特定事業主に手続的保障の前提があるか)?
特定事業主は、業務災害支給処分の名宛人以外の者ではあるものの、自らの事業に係る業務災害支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによってこれを回復すべき法律上の利益を有する
⇒
業務災害支給処分の取消し訴訟の原告適格(行訴法9条1項)を有する。
仮に、業務災害保険給付等の額が極めて僅少である等の事情により、当該業務災害支給処分によってメリット増減率が上昇するおそれがなくなったと認めるべき特段の事情が認められる場合には、当該特定事業主が当該支給処分の取消しを求める訴えの利益を欠くことになるものと解されるが、
本件において前記特段の事情があるとは認められない。
●②労働保険料認定処分の取消し訴訟において特定事業主が同処分の前提とされた業務災害支給処分の違法を主張することができるか?
法令上先行処分の存在を前提として後行処分がされる関係にある場合、原則として、先行処分の違法を後行処分の取消事由として主張することは許されない。
本件について、
(ア)業務災害支給処分と労働保険料認定処分の実体的な関係
(イ)特定事業主の手続的保障
(ウ)業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請
の各観点からの検討を行い、
例外的に、
公定力ないし不可争力により担保されている先行処分に係る法律効果の早期安定の要請を犠牲にしてもなお後行処分の取消訴訟において先行処分の違法を主張する者の手続的保障を図るべき特段の事情が認められ、先行処分の違法を主張すること許されるかどうかについて判断。
◎(ア)について、
業務災害支給処分と労働保険料認定処分は、同一の目的を達成するための連続した一連の手続を構成しているとみる余地もあり得るといえるものの、
相結合してはじめてその効果を発揮するものということはできない。
⇒
前記各処分が実態的に相互に不可分の関係にあるものとして本来的な法律効果が後行処分である労働保険料認定処分に留保されているということはできない。
◎(イ)について、
業務災害支給処分については、
保険給付手続に事業主が一定の関与を義務付けられ、また、保険給付の請求について所轄労働署長に書面で意見を申し出ることができるなど、
その適否を争うための手続的保障が特定事業主にも相応に与えられている一方で、
特定事業主が、労働保険料認定処分がされる段階までは争訟の提起という手続を執らないという対応を合理的なものとして容認するのは相当ではない。
◎(ウ)について
業務災害支給処分については、その法律効果の早期安定が特に強く要請されるにもかかわらず、仮にその違法を理由に労働保険料認定処分を取り消す判決が確定すると、所轄労基署長により職権で取り消される得ることになり、早期安定の要請ひいては労働者の保護の要請を著しく害する結果となる。
本件支給処分は取消判決等により取り消されたものではなく、また、別件判決を踏まえても(業務起因性があるとして行われた)本件支給処分が無効であるとみる余地はない
⇒
本件認定処分の取消し粗放である本件訴訟において、Xが本件支給処分の違法を本件認定処分の取消事由として主張することは許されない。
<解説>
本判決は、
原則として先行処分の違法を後行処分の取消事由として主張することは許されないとしつつ、
違法性の承継を正面から肯定した初めての最高裁判決(H21.12.17)がその判断過程において考慮した観点をほぼ踏襲。
(but同最判は、違法性の承継に関する一般的判断基準を示したものではない。)
控訴審(東京高裁H29.9.21):
本判決の結論を維持し、Xの控訴を棄却。
but
控訴審判決は、違法性の承継が例外的に認められる場合の根拠及び基準について、本判決の判示部分を一部改め、
個別の処分について定める事実行政法規の解釈として先行の処分と後行の処分とが同一の目的を達成するための一連の手続を構成し、相結合して1つの効果を実現しているといえるか否か、
先行の処分と後行の処分とが実体的に相互に不可分の関係にあるものとして本来的な法律効果が後行の処分に留保されているといえるか否か、
先行の処分の処分の段階においてその適否を争うための手続的保障が後行の処分により不利益を受ける者に与えられているといえるか否か
等の事情を総合的に考慮し、
公定力ないし不可争力により担保されている先行の処分に係る法律効果の早期安定の要請を犠牲にしてもなお、先行の処分の違法を主張することにより後行の処分の効力を争おうとする者の手続的保障を図るべき特段の事情があるといえる場合には、
違法性の承継が肯定される。
判例時報2371
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