自閉スペクトラム症の少年による殺害(裁判員裁判)の事案
名古屋地裁H29.3.17
<事案>
未成年である被告人が、日頃から嫌悪していた祖父に雰囲気が似ていた面識のない被害者をたまたま認め、同人に祖父を重ね合わせて怒りを感じ、その頚部等を持っていたサバイバルナイフで複数回刺すなどして殺害。
送致を受けた家庭裁判所が少年法20条に基づいて検察官送致決定(逆送)⇒裁判員裁判で審理。
<争点>
①殺意の有無
②責任能力の程度
③少年法55条移送の相当性
<判断>
●争点①
①凶器及び犯行態様の危険性、被害者が負った傷の深さ⇒被告人の行為は人が死ぬ危険性が高いものであった
②被告人は、自己の行為や被害者の動きなどを認識したうえで前記危険な行為に及んでいる
⇒
殺意を肯定。
●争点②
弁護人:
弁護側証人の医師2名の証言に基づき、被告人は生まれつきの自閉スペクトラム症(「ASD」)であり、本件当時はASDを背景とした二次障害である解離症状、精神的混乱状態の影響により、行動制御能力が著しく低下⇒心神耗弱状態。
検察側証人の医師1名及び前記弁護側証人を証拠採用し、証人尋問を実施。
⇒
被告人がASDと診断される状態であったと認定したが、その一方で、
同証言のうち、ASDの本件犯行への影響について述べた部分については信用性を否定。
犯行前後の行動、記憶の保持状況、犯行動機の理解可能性を考慮し、心神耗弱を否定。
●争点③
弁護人:
少年院での処遇が有効であるとして、少年法55条により家庭裁判所移送を求めた。
本件は原則として刑事処分が相当とされる事案。
本件犯行の危険性の高さ、犯行態様の残忍さ及び執拗さ、遺族の処罰感情の強さ、犯行後の情況の悪さなど
⇒被告人の責任は相当に重い。
本件犯行の責任にはASDの影響があったこと、被告人に自身の行為に向き合おうとする姿勢がうかがわれること、保護処分歴がないことを考慮しても、なお刑事処分を選択すべき。
<解説>
●争点①
①客観的犯行態様と②犯行態様に対する被告人の認識の両面から殺意の有無を判断。
~実務上スタンダードな判断枠組みに沿った判断。
●争点②
刑法39条にいう心神喪失や心神耗弱の概念は、精神医学上の概念ではなく、純然たる法律上の概念⇒その判断は、もっぱら刑事裁判所の判断に委ねられる。(最高裁昭和58.9.13)
but
責任能力の判断の前提事実となる生物学的要素並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については、その診断は、臨床精神医学の本分⇒精神医学者の意見が証拠となっている場合には、その意見を十分に尊重して認定すべき。(最高裁H20.4.25)
ASDの本件犯行の影響に関する部分については、他の証拠から認定事実と整合しない部分があるとして信用性を否定。
ASDが本件非行に与えた影響の程度を独自に認定した上で、法的基準を当てはめて被告人が心神耗弱の状態にはなかたっと判断。
●争点③
少年法55条移送の相当性(保護処分相当性)と少年法20条の逆相決定の相当性(刑事処分相当性)は、表裏の関係にあり、刑事処分相当性には、保護不能の場合と保護不適の場合が含まれる。
⇒
保護処分相当性が認められる場合とは、
刑事裁判所における証拠調べを経た段階で保護不適及び保護不能のいずれもが否定される場合。
少年法55条移送の判断は、刑事裁判所の自由裁量に委ねられているとするのが通説・判例であるが、運用上は、家庭裁判所の専門的な検討を経た上での判断を尊重し、社会記録等を慎重に検討して判断すべき。
本件:
被告人にとって少年院での処遇が有効であることを認めた上で、
その責任に見合った刑罰を受けさせるべき事案としている
~保護不能ではないものの保護不適であると判断。
判例時報2368
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