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2018年7月 9日 (月)

冤罪可能性と死刑の関係(H30.7.9のツイート)

①冤罪可能性を死刑廃止論の根拠にする人が結構いるけど、冤罪の問題は、刑事手続の問題で、刑罰論の問題ではない。刑罰論の問題でないもので、刑罰論を論じるべきじゃない。

②これは、包丁は殺人や傷害に使われるから、包丁を禁止すべきというのと同じ論理で、包丁規制に反対する人に「包丁で人が殺されていいのか」というのと同じなんだよね。禁止すべきは包丁ではなく、殺人や傷害であるのと同じく、禁止すべきは、冤罪であって、死刑ではない。

③冤罪を理由に死刑を廃止すべきという人は、冤罪で刑罰論を論じながら、懲役刑について何も言わない。それは、冤罪でも死刑でなく無期懲役なら許されると言っているのと同じなんだよね。

④しかし、(死刑相当の)複数殺人の冤罪では、報道され、本人はその一生を奪われるとともに、その家族や親族も地獄を見ることになるわけで、(死刑でなく)懲役刑だから冤罪も許されるという議論はあり得ない。

⑤冤罪による死刑は「冤罪」の問題であり「死刑」の問題ではありませんから。包丁を使った殺人が「殺人」の問題であり「包丁」の問題でないのと同じです。平野龍一先生は死刑を容認されていますが、冤罪もやむを得ないという立場でなかったはずです。

⑥死刑制度を維持しながら、冤罪による死刑を回避する方法はありますね。裁判所の判断および死刑執行の判断として、冤罪可能性のない事案に死刑を適用し、冤罪可能性のある事案は死刑を適用しない。検察側の立証責任が厳格に運用されれば、本来、後者は無罪であるべきですけど。

⑦私は、遺族は、理不尽に身内を殺される理由がないし、殺人犯は自分の命をもって責任を問われる合理性があると考えますので、遺族がそれを望むのであれば、死刑はあり得るべきと考えています。遺族にその理不尽を甘受させる理由はなく、出来る限りその回復が図られるべきという考えですね。

⑧私は、死刑執行は立派な職務だと考えていますけど、それを「殺人」だと、そのイメージ悪化に向けて活動されているのが、死刑廃止派の皆さんですね。「国による殺人」という議論も、欧米諸国は他国への空爆等により、裁判手続すら経ずに、それを行っているわけですし。

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