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2018年6月27日 (水)

危険運転致死傷罪の故意

大阪高裁H29.3.16      
 
<事案>
低血糖症による意識低下状態⇒自車を暴走させて衝突事故
 
<規定>
自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律 第三条
アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を負傷させた者は十二年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は十五年以下の懲役に処する。

2自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とする。

*自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律施行令〔平二六政一六六〕第三条(自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気) 法第三条第二項の政令で定める病気は、次に掲げるものとする。

四 自動車の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する低血糖症
 
<訴因>
低血糖症の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し、低血糖症による著しい意識低下の状態に陥って衝突事故を発生させ被害者を負傷させた⇒危険運転致傷罪(自動車死傷法3条2項)で起訴

被告人:走行中に意識低下の状態に陥り正常な運転に支障が生じるおそれがあることの認識はなかったから、同罪の故意がない

訴因変更を行い、
被告人は、運転開始に際して、意識障害に陥る可能性を予見し、血糖値が安定するのを確認するなどの措置を講じる義務があるのに、これを怠り、血糖値が安定しているのを確認しないで自車を発信・走行させた過失により、意識低下の状態に陥って衝突事故を発生させたとする過失運転致傷の予備的訴因を追加

被告人:意識障害に陥る可能性を予見することはできなかった⇒過失はないと主張。
 
<一審>
●主位的訴因 
被告人が前兆を感じていたことは認定できない
被告人が無自覚性低血糖症を発症し、そのことを認識していたとしても、本罪における「正常な運転に支障が生じるおそれ」は具体的なものでなければならないところ、本件当日の事実経過の下では被告人は具体的なおそれを認識したとはいえない⇒危険運転致死傷罪は成立しない。
 
●予備的訴因 
被告人の病態、血糖値降下の経験等

運転開始時に血糖値を測定し、
低血糖であれば運転するのを控えるべきであった。
低血糖になっていなくても運転開始一時間前の値よりかなり低下していたのであれば、運転開始後こまめに血糖値を測定すべき。であり、そうしていれば事故を防止することができた。

1時間前の高い血糖値やどら焼き等の摂取等の点は、
正常な運転に支障が生じるおそれの認識を否定する事情にはなっても、
意識障害に陥る可能性を予見できたことを否定する事情にはならない。
①過去に前兆なく低血糖症による意識障害に陥ったことがあり
②数時間で血糖値が大きく低下して中枢神経症状が出始める値になったこともあり、
③当日は昼食を摂取していないため、血糖値が不安定となるおそれがあった

運転するに際して、低血糖症により意識障害に陥る可能性を予見し、血糖値を測定し、これが安定するのを確認した上で発進・走行すべき注意義務を設定
被告人がこれを怠り、血糖値を測定せず、その安定を確認しないまま発進・走行した過失がある。
 
<判断>
①過去において前兆なく低血糖症による意識障害に陥ったことは認定できず、
②インスリン注射以外の原因により血糖値が大きく降下したことがあったとも認定できない
⇒これらを予見可能性を認める前提にはできない。

「運転開始1時間前に高い血糖値を示したが、被告人はインスリンを注射せず、運転開始前にどら焼き等を摂取したが、その時点で低血糖の前兆を感じていなかった」という原判決が認定した事実を前提とすると、
運転中に低血糖症による意識障害に陥ることを具体的に予見することは困難で、運転開始時に血糖値を測定する義務があったとはいえず、測定したとしても血糖値は高い状態にあり、事故は回避できなかった
⇒原判決には事実誤認がある。

被告人が運転開始前にどら焼き等を摂取したのだとすれば、その時点で低血糖状態又はその可能性を自覚していたはず。

検察官の釈明をふまえ、
被告人において運転開始時に低血糖症の前兆を感じていたと認められるのであれば危険運転致傷の訴因が肯定されると理解したと考えられるところ、
本件の状況では、運転開始時に前兆を感じていたという事実だけから運転中に意識障害に陥るおそれを具体的に認識していたと認めることはできないものの、
他方、前兆を感じていたと認められるのであれば原則として意識障害に陥る可能性を予見できた

運転開始時あるいは運転中に前兆を感じていたことを前提にして、争点を顕在化し、防御の機会を与えた上で審理を尽くすべきであるとし、原審に差し戻した
 
<解説>
●自動車の運転中に運転者が病気の影響により意識障害に陥って交通事故 

運転中に意識障害に陥るおそれがあり、運転を差し控えるべき注意義務があるのに、これを怠って運転を開始した過失犯を認定。

低血糖により分別もうろう状態に陥って衝突事故:
運転者は事故当時、即効型インスリンを注射し、スポーツクラブで運動をし、低血糖を招きやすい状態であったにもかかわらず、血糖値を測定せず、糖分補給もしないまま、血糖値管理を怠って、1人で自動車の運転をして無自覚性低血糖による意識障害に陥った⇒民法713条ただし書による損害賠償責任を肯定。

民法 第713条
精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。
 
●自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律3条2項の罪 
平成26年5月施行
同法2条は、概ね従来の危険運転致死傷罪を
同法5条は、従来の自動車運転過失致死傷罪を
それぞれ刑法典から移行。

そららの中間に位置する類型として同法3条を制定し、
運転開始時においては正常な運転が困難な状態には至っていないものの、その後の走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態であり、
そのことを認識した上で運転を開始し、
走行中に正常な運転が困難な状態に陥ってたことにより事故を起こして人を死傷させる行為を処罰の対象とした。

同法3条1項:アルコール又は薬物の影響による場合(いずれも運転者の意思で摂取される)を規定
同条2項:病気による症状の発現によって正常な運転が困難な状態に陥った場合を想定。
 
危険運転致死傷罪の故意について、

原判決:
低血糖症の影響により運転中に意識障害になるおそれを具体的なものとして認識することが必要

控訴審:
それを前提とした上で、低血糖症の前兆を感じたという事実だけから運転中に意識障害に陥る可能性を具体的に認識したとはいえないとする。 

判例時報2365

大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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