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2018年6月26日 (火)

危険運転致死傷罪の目的の有無が問題となった事例

大阪高裁H28.12.13      
 
<規定>
刑法 第208条の2(危険運転致死傷)
2 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。
 
<被告人>
危険運転致死傷罪(平成25年法律第86号による改正前の刑法208条の2第2項前段)にいう「人又は車の運行を妨害する目的」(通行妨害目的)はなかったと主張。 
 
<原審>
通行妨害目的は、運転の主たる目的が人又は車の自由かつ安全な通行の妨害を積極的に意図することになくとも、
自分の運転によって前記のような通行の妨害を来すことが確実であることを認識して当該運転行為に及んだ場合にも肯定されると解するのが相当。

被告人にはそのような認識があったと認定して、危険運転致死傷罪の成立を認めた。
 
<判断>
危険運転致死傷罪の立法趣旨や各種目的犯の目的についての解釈

通行妨害目的は、
人又は車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図して行う場合のほか、
危険回避のためにやむを得ないような状況等もないのに人又は車の自由かつ安全な通行を妨げる可能性があることを認識しながら、あえて、「走行中のの自動車の直前に侵入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転」(「危険接近行為」)した場合も含む。
本件の事実関係や被告人の供述
⇒危険接近行為を肯定⇒通行妨害目的が認められる
 
<説明> 
●目的犯における目的の解釈 
①「営利の目的」(覚せい剤取締役法41条の2第2項):
「犯人がみずから財産上の利得を得、又は第三者に得させることを動機・目的とする場合をいう」(最高裁昭和57.6.28)
②図利加害目的(刑法247条、旧商法486条1項):
「図利加害の点につき、必ずしも・・・意欲ないし積極的認容までは要しない」(最高裁昭和63.11.21)
③「人の身体を害せんとするの目的」(爆発物取締罰則1条、3条):
「人の身体を害するという結果の発生を未必的に認識し、認容することをもって足り、右結果の発生に対する確定的な認識又は意図は要しない」(最高裁H3.2.1)

上記②の判例解説:
背任罪における「図利加害目的」は「本人の利益を意図していた場合は処罰しない。」という命題の裏側として、処罰すべき「本人の利益を意図していなかった場合」を表現するために設けられたものと理解することができるとの見解。

学説:
A:目的犯について、
構成要件的行為を行うことにより目的が実現されるかどうかという点に着目して分類し、
①構成要件的行為自体から、またはその附随現象として目的が実現され、そのために新たな行為を必要としないもの(いわゆる切断された結果版)⇒目的の内容が行為者に確定的なものとして認識されていることを要し、
②目的の実現のために行為者又は第三者による構成要件的行為とは別の行為を必要(いわゆる短縮された二行為犯)⇒目的の内容を未必的にでも認識していれば足りる

vs.
上記③の判例解説:
①客観的な行為の危険性と行為者の認識の程度は別であり、確定的認識があったからといって常に未必的認識しかない場合よりも結果発生の危険性が高いとは言えない⇒確定的認識を犯罪成否の基準とすることは合理的とはいえない
②目的の内容たる結果は将来の事実⇒元来それを確定的に認識すること自体困難なことが少なくなく、その意味でも確定的認識を要求することが不当
③故意においては犯罪の成否を左右しないとされる…認識の程度(又は心情の差異)が・・・目的については大きな差異をもたらすことになるが、その相当性の合理的説明は困難。
との指摘。
 
●危険運転致死傷罪 
法制審刑事法部会:
危険妨害目的とは、相手方が自車との衝突を避けるために急な回避措置を余儀なくされることを積極的に意図することをいうとの説明
(国会の審議でも同様の説明)

東京高裁H25.2.22:
通行妨害目的が前記積極的意図をいうとする解釈を前提としつつ、
「運転の主たる目的が・・・通行の妨害になくとも・・・通行の妨害を来すのが確実であることを認識して、当該運転行為に及んだ場合には、自己の運転行為の危険性に関する認識は・・・通行の妨害を主たる目的とした場合と異なるところがない」
「自己の運転行為によって・・・通行の妨害を来すのが確実であることを認識していた場合」にも通行妨害目的が認められる

相手方の自由かつ安全な通行の妨害を来すのが確実であることを認識している」ことのほか、「他に安全な通行が可能であるのに、あえて当該危険な運転に及んだ」ことが必要であるという解釈を付加した方が、「目的」の文言により適合するといえたかもしれない。

判例時報2365

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