タックスヘイブン対策税制の事案
最高裁H29.10.24
<事案>
●内国法人であるXが、
平成20年3月期及び平成21年3月期(「本件各事業年度」)の法人税の各確定申告⇒刈谷税務署長から、租税特別措置法(平成21年改正前のもの)66条の6第1項により、シンガポール共和国に所在するXの子会社(「DIAS」)の後記の課税対象留保金額に相当する金額がXの所得金額の計算上益金の額に算入される⇒平成20年3月期の法人税の再更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分並びに平成21年3月期の法人税の再更正処分を受けた
⇒
Y(国)を相手に、これらの処分の取消しを求めた。
●
Xは、平成10年、東南アジア諸国連合(「ASEAN」)域内のグループ会社に対する統率力を高めるため、同グループ会社の保有株式会社を現物出資してDIASを設立。
DIASは、Xの100%子会社として、2007事業年度及び2008事業年度において、ASEAN諸国等に存する子会社13社及び関連会社3社の株式を保有し、シンガポールにおける所得に対する租税の負担割合は、2007事業年度では22.89%、2008事業年度では12.78%。
DIASは、豪亜地区における地域統括会社として、集中生産・相互補完体制を強化し、各拠点の事業運営の効率化やコスト低減を図るため、順次業務を拡大し、
DIAS各事業年度当時、同地域のグループ会社(「域内グループ会社」)に対し、個々の業務につき一定の対価を徴収しつつ、地域企画、調達、財務、材料技術、人事、情報システム及び物流改善に係る地域統括に関する業務を行っていたほか、持株(株主総会、配当処理等)に関する業務、プログラム設計業務等を行っていた。
DIAS各事業年度において、DIASの収入金額は地域統括業務の中の物流改善業務に関する売上額を約85%を占め、その所得金額(税引前当期利益)は保有株式の受取配当の占める割合が8~9割と高かったが、地域統括業務によって集中生産・相互補完体制の構築、発展等が図られた結果、域内グループ会社全体に原価率の大幅な低減による利益がもたらされ、その配当収入の中に相当程度反映されていた。
<法令等>
わが国のタックス・ヘイブン対策税制である措置法66条の6第1項:
内国法人等が100分の50を超える株式等を直接又は間接に保有する外国関係会社のうち、本店所在地国における所得に対して課される税の負担が本邦における法人の所得に対して課される税の負担に比して著しく低いものとして政令で定める外国関係会社(平成21年政令・・による改正前の租税特別措置法施工令39条の14第1項により、各事業年度の所得に対して課される租税の額が所得金額の100分の25以下)に該当するもの(「特定外国子会社等」)が、
各事業年度においてその未処分所得の金額から留保したものとして所定の調整を加えた金額(「適用対象留保金額」)を有する場合には、
そのうち内国法人の有する当該特定外国子会社等の直接及び間接保有の株式等の数に対応するものとして所定の方法により計算した金額(「課税対象留保金額」)に相当する金額を内国法人の所得の金額の計算上益金の額に算入する旨を規定。
措置法66条の6第4項:
同条1項の適用除外規定として、
①特定外国子会社等のうち、株式等又は債券の保有、工業所有権等の提供等を主たる事業とするものでないこと(事業規準)、
②本店所在地国において、主たる事業を行うに必要と認められる事務所、店舗、工場その他の固定施設を有すること(実体基準)、
③その事業の管理、支配及び運営を自ら行っていること(管理支配基準)
④主たる事業が卸売業、銀行業、航空運送業等のいずれかに該当する場合には、その事業を主として当該特定外国子会社等に係る所定の関連者以外の者との間で行っている場合に該当すること(非関連者基準)、前記以外の事業に該当する場合には、その事業を主として本店所在地国で行っている場合に該当すること(所在地国基準)
の要件(「適用除外要件」)を全て満たす場合には、タックス・ヘイブン対策税制を適用しない旨を規定。
<第1審>
DIASの行う地域統括業務は株式の保有に関する事業に含まれず、その主たる事業は地域統括事業⇒本件各処分(確定申告を超える部分等)は違法であるとして、Xの請求をほぼ認容。
<原審>
①事業としての株式の保有は、単に株式を保有し続けることに限られず、株式発行会社を支配管理するための業務もその一部を成し、被支配会社を統括するための諸業務も株式の保有に係る事業の一部を成す
⇒地域統括業務は、株式の保有に係る事業に含まれる1つの業務にすぎず、別個独立の業務とはいえない。
②実質的にもDIASの主たる業務は株式の保有であると認められる
⇒
DIASは事業規準を満たさず、本件処分は適法。
<判断>
①特定外国子会社等が株式を保有する他の会社を統括し管理するための活動として行う事業方針の策定や業務執行の管理、調整等に係る業務は、通常、業務の合理化、効率化等を通じて収益性の向上を図ることを直接の目的として、その内容も幅広い範囲に及び、これによって当該会社を含む一定の範囲に属する会社を統括するもの
⇒当該会社の配当額の増加や資産価値の上昇に資することがあるとしても、株主権の行使や株式の運用に関連する業務等とは異なる独自の目的、内容、機能等を有するものであって、株式の保有に係る事業に包含されその一部を構成すると解するのは相当ではない。
②DIASの行う地域統括業務は、株主権の行使や株式の運用に関連する業務等とは異なる独自の目的、内容、機能等を有する。
⇒
株式の保有に係る事業には含まれない。
①措置法66条の6第3項及び4項にいう主たる事業は、
その事業活動の具体的かつ客観的な内容から判定することが相当であり、
複数の事業を営んでいるときは、それぞれの事業活動によって得られた収入金額又は所得金額、事業活動に要する使用人の数、事務所その他の固定施設の状況等を総合的に勘案して判断するのが相当。
②DIASの行う地域統括業務は、相当の規模と実体を有し、事業活動として大きな比重を占めている。
⇒
これを主たる事業と認めるのが相当であり、
Xは適用除外要件を全て満たす。
<解説>
●我が国のタックス・ヘイブン対策税制の概要
我が国のタックス・ヘイブン対策税制:
軽課税国か否かに着目するいわゆるエンティティ・アプローチを採用しており、
措置法66条の6第1項は、課税要件を明確化して課税執行面における安定性を確保しつつ、内国法人が、法人の所得等に対する租税の負担がないか又は極端に低い国若しくは地域(タックス・ヘイブン)に子会社を設立して経済活動を行い、当該法人に所得を留保することにより、我が国における租税の負担を回避しようとする事例に対処して税負担の実質的な公平を図ることを目的として、
一定の要件を満たす外国子会社を特定外国子会社等と規定し、その課税対象留保金額を内国法人の所得の計算上益金の額に算入(最高裁H19.9.28)。
but
特定外国子会社等であっても、独立企業としての実体を備え、その所在する国又は地域において事業活動を行うことにつき十分な経済合理性がある場合にまで前記の取扱いを及ぼすとすれば、我が国の民間企業の海外における正常かつ合理的な経済活動を阻害するおそれがある。
⇒
同条4項は、
株式の保有等を主たる事業とするものでないこと(事業基準)のほか、
実体基準、管理支配基準、非関連者基準又は所在地国基準という適用除外要件が全て満たされる場合には、同条1項の規定を適用しないとしている。
●地域統括業務と株式の保有に係る事業との関係
DIASの行う地域統括業務が事業規準を満たさない株式の保有に係る事業に含まれるかが問題。
租税法は侵害規範であり、法的安定性の要請が強く働く⇒その解釈は原則として文理解釈によるべきであり、みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されない(最高裁)。
but
判例は、租税法律主義の趣旨に照らし、既定の文言や当該法令を含む関係法令の用語の意味内容を重視しつつ、事案に応じて、その文言の通常の意味内容から乖離しない範囲内で、規定の趣旨目的を考慮することを許容しているように思われる。
原審:株式の保有に係る事業が独禁法9条3項(平成9年・・改正前のもの。)にいう持株会社(株式を所有することにより、国内の会社の事業活動を支配することを主たる事業とする会社)の行う事業を含むものと解した。
vs.
同持株会社は、他企業の支配が現実に行われるような形で株式を所有している場合であることが必要であり、単に財産保有を目的とする財産保全会社や株式投資会社など該当しないと解されるなど、株式の保有と事業活動の支配とは別の要件と捉えられる。⇒株式の保有に係る事業が純粋持株会社等一定の持株会社の行う事業を含むとしても、前記の独禁法上の持株会社の行う事業が株式の保有に係る事業に包含されると解することはできない。
措置法66条の6第4項が株式の保有を主たる事業とする特定外国子会社等につき事業規準を満たさないとした趣旨:
株式の保有に係る事業はその性質上我が国においても十分に行い得るものであり、タックス・ヘイブンに所在して行うことについて税負担の軽減以外に積極的な経済合理性を見出し難いことにある。
判例時報2361
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