特殊詐欺の事案で「だまされたふり作戦」の場合の「受け子」の詐欺罪の成否
名古屋高裁H28.9.21(①事件)
福岡高裁H29.5.31(②事件)
<事案>
特殊詐欺の事案で、犯人と思しき者からの電話を受けて不審に思い、警察に相談した被害者が、警察の依頼を受け、だまされたふりをして、模擬現金ないし空の荷物を準備し、受け取りに来た現金受取役に交付しあるいは指定された送付先に送付て、これを受け取った直後の受取役を警察官が検挙(「だまされたふり作戦」)。
◆①事件
<事案>
被告人が、氏名不詳者らと共謀の上、氏名不詳者が複数回にわたり当時81歳の男性被害者方に電話をかけ、電話の相手が被害者の息子であり現金300万円を至急必要としているので、被告人方に宛て現金を送付してもらいたい⇒同人が警察に相談し、模擬現金を発送。
<一審>
被告人が共犯者から現金受取の依頼を受けた時点で、被害者は詐欺に気付いて模擬現金入りの荷物の配達依頼をしていた
⇒詐欺の結果発生の現実的危険は既に消滅しており、その段階で詐欺未遂の共謀が成立する余地はない
⇒無罪
<判断>
不能犯と同様の判断方法により、被害者が既に警察に相談して模擬現金入りの荷物を発送したという事実は、被告人及び共犯者らが認識していなかったし、一般人が認識し得たともいえない
⇒この事実は詐欺未遂の結果発生の現実的危険の有無の判断に当たっての基礎事情とすることはできない。
⇒
被告人について共謀が認められるのであれば詐欺未遂罪が成立する余地がある
(本件では共謀を否定して控訴棄却)
◆②事件
<事案>
被告人は、氏名不詳者らと共謀の上、当時84歳の女性被害者がロト6に必ず当選する「特別抽選」に選ばれたことによって当選金を受け取ることができると誤信しているのに常時、同人から現金をだまし取ろうと考え、氏名不詳者が電話で被害者に対し、150万円を支払えば「特別抽選」に参加できる旨のうそを言ってその旨誤信させ、同人から現金の交付を受けようとしたが、同人が警察に相談し、現金が入っていない箱(本件荷物)を発送したためその目的を遂げなかった。
⇒現金受取役として起訴。
<判断>
欺罔行為の終了後に財物交付の部分のみに関与した者についても、本質的法益(個人の財産)の侵害について因果性を有する⇒詐欺罪の共犯と認めていい。
その役割の重要度⇒正犯性も肯定できる。
⇒承継的共同正犯を肯定。
被告人が加担した段階で法益侵害に至る現実的危険性があったかを判断するに当たっては、一般人が、その認識し得た事情に基づけば結果発生の不安を抱くであろう場合には、法益侵害の危険性があるとして未遂犯の当罰性を肯定してよく、
敢て被害者固有の事情まで観察し得るとの条件を付加する必要性は認められない。
本件でだまされたふり作戦が行われていることは一般人において認識し得ず、被告人ないし共犯者も認識していなかった
⇒これを法益侵害の危険性の判断に際しての基礎とすることは許されない。
被告人が本件荷物を受領した行為を外形的に観察すれば詐欺の既遂に至る現実的危険性があった
⇒
被告人に詐欺未遂の共同正犯が成立。
<解説>
●特殊詐欺に後発的に参加した場合と承継的共同正犯
被害者に対する欺罔行為が行われた後、はじめて犯行に加担し、被害金の受取行為のみに関与した者を詐欺罪の共同正犯として処罰できるか?
=承継的共同正犯の成否
最高裁H24.11.6:
他者が被害者に暴行を加えて傷害を負わせた後、被告人が共謀に加わり、更に被疑者に暴行を加えて傷害を相当程度重篤化させた
⇒被告人は、被告人の共謀及びそれに基づく行為と因果関係を有しない共謀加担前に既に生じていた傷害結果については傷害罪の共同正犯としての責任を負わず、共謀に加わった後の傷害を引き起こすに足りる暴行によって傷害の発生に寄与したことについてのみ傷害罪の共同正犯としての責任を負う。
千葉補足意見:
承継的共同正犯において後行者が共同正犯としての責任を負うかどうかについては、強盗、恐喝、詐欺等の罪責を負わせる場合には、共謀加担前の先行者の行為の効果を利用することによって犯罪の結果について因果関係を持ち、犯罪が成立する場合があり得る⇒承継的共同正犯の成立を認め得る。
●いわゆる「だまされたふり作戦」が行われ詐欺が未遂に終わった事案において、財物交付の部分のみに関与した共犯の罪責
◎不能犯と同様の判断手法を用いるべきか
承継的共同正犯の成立を認める場合、だまされたふり作戦が行われた事案で財物交付の部分のみに関与した者について詐欺未遂罪の成立を認めることができるか否かは、受け子の受領行為によって詐欺未遂罪の結果(=詐欺の結果発生の危険性)が生じたといえるかによって定まる。
だまされたふり作戦が実行された段階においては、被害者は錯誤に陥っておらず、警察に協力して模擬現金等を発送しているにすぎない⇒詐欺罪が実現する可能性は客観的には全く存在しない。
=不能犯の成否が問題となる場合と類似。
◎未遂犯と不能犯の区別
具体的危険説:
行為当時に行為者が実際に認識していた事情及び一般人が認識し得たであろう事情を基礎とし、一般人の立場から事後的かつ客観的に犯罪実現の危険性の有無を判断。
●②事件につき、最高裁H29.12.11で詐欺未遂罪の成立を肯定。
判例時報2363
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