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2018年3月 5日 (月)

防衛行為の相当性

東京地裁立川支部H28.9.16    
 
<事案>
交通トラブルの相手方が自車の窓枠をつかんだ状態で同車を発進、加速させ、ついていけなくなって転倒した相手方を轢過して死亡させた。
検察官は、被告人が自分や同乗の娘の身体を防衛するためにしたものではあるが、防衛の程度を超えた傷害致死罪として起訴
 
<争点>
①暴行の故意の有無
②防衛行為の相当性 
 
<判断・解説> 
●暴行の故意
判断:
被告人が車を発進・加速した時点で被害者の身体が車体と接触し又はごく近くにあることを認識⇒その状態で走行すれば被害者の身体の安全を侵害する危険があると認識⇒暴行の故意を肯定。 

◎暴行の故意を否定した裁判例(大阪地裁):
相手方が運転席側ドアノブ付近をつかんで並走する状態で加速走行させ、路上に転倒させた
but
ドアミラーが前方に倒れていたなどの事情⇒
相手方の状態を認識できず、
自車と並走する相手方を現実に認識していたこと、自車の走行によって相手方に傷害を負わせるような近い位置に相手方がいるかもしれないと思っていたことが認められない

同裁判例は、
被害者はドアノブから手を離さず併走し、自ら危険な状況に飛び込んだもので、被害者の行動が大きな原因になっている
⇒客観的危険性の高さや過失の内容を理由に被告人の行為が防衛行為として相当な範囲を超えていたとはいえない⇒自動車過失致死罪(予備的訴因)に正当防衛が成立するとした。

●「やむを得ずにした行為」の意義 
刑法 第36条(正当防衛)
急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

最高裁:
公共的法益に対する侵害を私人が防衛することが問題となった事案において:
防衛行為がやむことを得ないとは、当該具体的事態の下において当時の社会通念が防衛行為として当然性、妥当性を認め得るものを言う」(最高裁昭和24.8.18)

押し問答を続けていた交渉相手から突然手指をねじあげられ、これを振りほどこうとして胸付近を1回強く突き飛ばしたところ、相手が仰向けに倒れて頭部に重傷を負わせた事案において:
「やむことを得ざるに出でたる行為」とは、急迫不正の侵害に対する反撃行為が、自己または他人の権利を防衛する手段として必要最小限度のものであること、すなわち反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであることを意味する。
反撃行為が右の限度を超えず、したがって侵害に対する防衛手段として相当性を有する以上、その反撃行為により生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても、その反撃行為が正当防衛行為でなくなるものではない
(最高裁昭和44.12.4)

◎判断:
被告人車発進後も被害者が並走しながら怒号するなど旺盛な侵害の意思を示していた⇒急迫不正の侵害が継続。
防衛行為の程度について、
①予想される侵害と防衛行為との均衡、
②防衛行為者の意思
③他に取り得る手段の存否
の観点から検討。

③について、運転者窓を閉めるなどして侵害を防ぎつつ、警察官等の救援を求めることはできたものの、通常人の立場で考えて、停止・減速すれば逆上した被害者から何をされるか分からないという状況で、車の発進・加速以外の手段を取ることは困難

◎駐車をめぐってトラブルになり、・・後ずさりしたが、更に目前まで追ってくるので、逃げようとしたところ、運転席に菜切包丁があることを思い出し、窓越しに取り出して腰辺りで構え、「殴れるのなら殴ってみい」「切られたいんか」と言って脅迫した事件:
控訴審:素手の被害者に対し殺傷能力のある菜切包丁を構えて脅迫したのは相当性の範囲を逸脱したもの

上告審:
被告人は被害者からの危害を避けるための防御的な行動に終始していたものであるから、防御手段としての相当性の範囲を超えたものではない。 

●過剰防衛・正当防衛の裁判例 
◎  停車した被告人車のドアを開け、被告人を引きずり降ろそうとした⇒被告人は手を振りほどきドアを閉めたが、運転席側ステップに上がった被害者から窓越しに肩をつかまれたため、急発進⇒ハンドルを握ってきて車が右方に進行して欄干に激突しそうになり、とっさにハンドルを切った⇒被害者が振り落とされ、死亡。

一審:
被害者が不安定な状態で素手で攻撃してきたのに対し、運転席にいてある程度安全な状況にあった被告人としては、素手での反撃等他にとるべき手段があったはず⇒相当性の範囲を超えている。

控訴審:
被告人が感じていた侵害の危険性と恐怖感は相当に強く、素手での反撃を期待するのは困難であり、それによって被害者の侵害から逃れることも容易ではない。⇒自動車の発進より軽い打撃によって被害者の攻撃を防ぐことが可能だったとは考え難い
⇒重大な結果の発生を理由に防衛の程度を超えたものとすることはできない。

 
◎過剰防衛を肯定 
①被告人は、被害者をボンネットに乗せたまま運転を開始し、振り落とすべく高速で蛇行し、急ブレーキをかけるなどした
~生命の安全に対する危険を多分に含むもので被害者から受ける可能性のあった侵害の程度と著しく均衡を失する。
②より低速で走行し、被害者が転落することがないよう急ブレーキ等を控え、より安全な場所に奏功して他人に助けを求めるなど被害者の生命身体に配慮した行動が可能。

防衛行為としてやむをえない程度を超えた。(京都地裁)

①窓は全開だったがドアで遮られており、被害者は何らの武器も示しておらず、車両に並走しそれが困難となって飛び乗ったもの⇒侵害行為はその限度にとどまっている。
②車両の走行は、速度が上がるにつれ被害者の身体・生命の危険を増大させるもので、被告人は速度を容易に調整することができた
⇒加速し続けた行為は相当性を欠く。(札幌高裁)
・・・回し蹴りをしてきたことから口論になり、手拳でで顔面を殴られた⇒複数回顔面を殴り返し、被害者が転倒して頭部を打ちつけ死亡

第1審:被告人が素手で殴り返したのは「武器対等」であり、一方的な攻撃ではない⇒相当性の範囲を超えていない。

控訴審:
最後の段階では被害者はもはや互角に戦える状態ではなく、被告人の暴行は一方的かつ圧倒的攻撃⇒量的に過剰
急所である下顎部に2回命中させるなど被告人の暴行はボクシングの素養を用いたもの⇒質的にも過剰
(名古屋高裁)

判例時報2354

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