強盗の犯意の認定、殺人の中止未遂の認定、強盗殺人での死刑選択の基準
名古屋高裁H27.10.14
<事案>
被告人が、金品窃取の目的で民家に侵入し、家人に発見された
⇒居直り強盗を決意して、家人2名を殺害し、1名に重傷を負わせ、現金等を奪った住居侵入、強盗殺人及び強盗殺人未遂。
被告人が以前に在籍していた大学の更衣室で携帯電話機1台を盗み、民家の駐車場に駐車していあった普通乗用自動車1台及びその積載品2点を盗んだ各窃盗。
<原審>
死刑
<判断・解説>
●強盗の犯意の認定
◎原審:
検察官による被告人の取調状況を録音・録画した記録媒体や被告人との接見時の供述内容を取りまとめた弁護人作成の供述録取書を取調べ
⇒
検察官の取調べ時の被告人の供述態度や供述内容から、被告人の検察官調書の信用性は高く、弁護人作成の供述録取書やこれに沿う被告人の公判供述のうち、被告人の検察官調書と整合しない部分は信用できない。
⇒強盗の犯意を認定。
◎判断:
検察官調書のうち、最初に遭遇した家人に暴行を加えた際に強盗の犯意を有していた旨述べる部分は、被告人が進んで心理状態を振り返った上、自発的に不利な内容を述べたものとは評価できず、むしろ、反省していないと受け取られるのを恐れるなどした結果、検察官の推測内容をもって自己の供述内容とすることを受け入れたものである可能性を否定できない。
⇒それ自体に十分な証拠価値を認め得る性質のものとはいえないとして、被告人の検察官調書の信用性に関する原判決の判断を否定。
本件の事実関係
⇒
被告人は、侵入前の時点で、家人と遭遇して騒がれたり抵抗にあったりする事態を予想し、その場合にあらかじめ用意していたモンキーレンチやクラフトナイフを用いて暴行を加え、反抗を抑圧して金品を奪い取ることになるかもしれないことを考えていたと推認でき、このような事前の不確定な意思内容が、家人との遭遇時に確定的な強盗の犯意となって現れ、ここにおいて金品を強奪することを決意し、家人に暴行を加えたと推認できる。
⇒強盗の犯意を認定。
◎解説
本判決は、自白の信用性の判断手法に対して消極的な評価。
録音・録画は、
自白の任意性の効果的な立証という観点のほか、
氷見事件、志布志事件、足利事件など冤罪問題の顕在化によって活性化した取調べの可視化の議論、特に、無罪となった障害者郵便割引制度不正利用事件の捜査の在り方を契機として、平成22年に法務省が設置した「検察の在り方検討会議」の提言の中で、「取調べや供述調書に過度に依存した捜査・公判からの脱却」という提言等を受けて導入されたもの。
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その後、録音・録画が補助証拠として自白の信用性判断のために利用されるようになっただけでなく、
さらに、検察官の側から、録音・録画を、実質証拠として活用する方法が積極的に主張されるようになった。
弁護人の側からは、
従前、録音・録画を補助証拠として利用できることは前提にした上で実質証拠としての利用の可否が議論されることが多かったが、
自白の任意性・信用性判断として取り調べた録音・録画が実質証拠として機能したといわれる今市事件を契機として、
録音・録画の実質証拠化に反対する主張が多くみられるようになった。
学説:
録音・録画の実質証拠としての利用に積極的な見解もみられるが、
多くの学説は消極的な見解に立っている。
録音・録画を実質証拠として用いることには慎重な検討が必要である旨判示した裁判例として東京高裁H28.8.10があり、同判決においても、捜査機関の管理下で行われた取調べにおける被告人の供述から、供述態度による信用性の判断は困難である旨指摘。
本件は、その具体例の1つ。
●中止未遂の成否と中止行為
刑法 第43条(未遂減免)
犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
◎原審:
刑法43条ただし書の「犯罪を中止したとき」に当たるかどうかの判断において、
「客観的に人を死亡させる危険性の高い行為、すなわち、殺人罪に該当する行為を行うことにより、そのまま放置すれば犯罪の結果が生じかねない状況を作出した場合は、この結果の発生を防止する措置を行ったかどうかを検討すべきである」旨の解釈を示し、
「本件は結果が生じかねない状況を作出した場合に当たるのに、被告人は結果の発生を防止する措置を行わなかった」と判示。
◎判断:
原判決の解釈を前提としつつも、
「本件は、被告人が被害者に暴行を加え、これにより殺人罪に該当する行為を行ったものの、そのまま放置すれば犯罪の結果が生じかねない状況を作出した場合には当たらない」旨判示。
◎現在は、実行行為の終了時期の議論を経ることなく、端的に中止行為に該当するためには何が必要かを考えれば足りるとするのが通説。
この場合、因果関係を遮断しなければ結果が発生してしまう状態が生じたかどうかによって、中止行為に作為が必要か、不作為で足りるかを区別する見解が多い。
●強盗殺人罪を含む事案における死刑の選択の基準
刑法 第240条(強盗致死傷)
強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。
◎原審:
強盗殺人罪の法定刑は死刑又は無期懲役
⇒2名を殺害していながら無期懲役が選択されるのは、死刑を回避する特別な事情がある場合だえると認められる。
◎判断
刑法240条後段の法定刑の内容から直ちに、殺害の被害者が2名であれば原則として死刑を選択すべきである旨の解釈を導くことができるとは考えられない。
殺害された被害者が2名の事案の場合に、死刑を選択するのが原則的であるとか、無期懲役を選択するのは特別な事情が存在する例外的な場合であるなどといえるような量刑傾向ないし量刑状況があるとは考えられない。
むしろ、2名が殺害されるという重大な結果が生じていることを念頭に置きつつも、改めて、当該事案の内容を踏まえながらそのような結果が生じた経緯等について吟味し、罪を犯した者に最大限の非難を向けることが疑問なくできるかどうか、できるとすればその合理的な根拠は何かについて、可能な限り慎重に検討を進めるべきである。
結論としては、原審の死刑の選択を維持したが、強盗殺人における死刑選択の基準については原判決と異なる基準を示した。
◎解説
氷山事件判決(最高裁昭和58.7.8):
犯行の罪質、動機、態様ことに殺害手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せて考慮し、と判示。
統計的に最も大きな要素となっているのは死亡した被疑者の数であり、
死亡被害者が2名の強盗殺人事件では、約66%について死刑が宣告され、無期懲役が宣告されたのは34%。
裁判員裁判の評議に当たっては、これまでのおおまかな量刑の傾向を裁判体の共通認識とした上で、これを出発点として当該事案にふさわしい評議を深めていくことが求められ、この傾向を踏み出す量刑をすることについては、具体的、説得的論拠が示される必要がある(最高裁H26.7.24)。
判例時報2352
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
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