関税法違反とWTO農業協定の効力(直接効力を否定)
東京高裁H28.8.26
<事案>
食料品等の販売及び輸入等の事業を営む被告会社の実質的経営者である被告人が、カナダ等から外国産冷凍豚部分肉を輸入するに当たり、豚肉の単位が関税負担の最小となる分岐点価格に近似する価格であるかのように仮装し、不正に関税を免れようと企て、虚偽の価格を記載した仕入書(インボイス)に基づいて、内容虚偽の輸入申告を行い、その都度輸入許可を受けて、関税合計17億4919万3000円を免れたという関税法違反の事案。
<判断・解説>
●法令適用の主張について
◎ WTO農業協定4条2項は、我が国の裁判規範として直接適用されるものではなく、関税暫定措置法2条2項、別表第1の3は、WTO農業協定に違反して無効となるものではないとして、一審判決を是認。
◎ 条約の国内効力の問題と条約の直接適用可能性の問題は区別されるべき。
条約の直接適用可能性の有無については、条約当事者の意思(主観的基準)及び規定の明確性(客観的規準)によって決するのが相当。
その場合、一般に、条約自体は、締結した当事国が、その国際義務の遵守を要求することができるにとどまり、国家は国内法秩序における条約の実現について任されているのであって、これが国民の権利義務にかかわる裁判規範たり得るためには、条約当事国が直接適用する意思をもって条約を締結した場合に限られ、規定の明確性は、条約を直接適用するという条約当事国の意思の存在を前提に、私人の権利を規定する裁判規範として備えるべき要件にほかならない。
◎ WTO規定は、加盟国間の紛争に関して統一的に適用される紛争解決手続を規定し、加盟国に対し、同協定を巡る紛争について、すべて司法に準じたことの規則及び手続に従って解決することを義務付け、
加えて、紛争当事国間で事前に行われる協議に関しても規定して、
国内における司法審査においては、このような協議等の機会を奪われることになる
⇒
我が国の意思としては、協定違反の是正について、国内における司法審査を前提としていないものと解するのが相当。
主要加盟国であるアメリカ合衆国及びEU(欧州連合)が、直接適用可能性を明示的に否定。
⇒
我が国は、特段の意思により直接適用を肯定した条項を除いたその他のWTO協定について、直接適用可能性を有するものとしてこれを締結したと解することはできない。
⇒
WTO農業協定4条2項の直接適用可能性を否定。
●解説
条約が国内的効力を有するか否かについては、各国によって異なるが、
我が国においては、条約の誠実順守義務を定めた憲法98条2項の趣旨から、
条約は批准・公布により、国内法固有の形式に変形することなく、すなわち特段の立法措置を待つまでもなく、そのまま国法の一形式として受容されて、国内的効力を有すると解されている(包括的受容説)。
but
条約は、その国内的実施方法の観点から、
それ自体がそのまま「直接適用可能な」(または、「自動執行的な」)条約と、
立法措置など何らかの国内的措置を通じていわば間接的に適用される条約
に区別される。
条約の直接適用可能性の基準については、
直接適用可能か否かが問題とされるのは条約全体ではなく、個々の規定であり、まずは条約全体について検討し、次に個々の規定について検討されることが多いとした上で、
主観的基準(条約当事国の意思)と
客観的基準(規定の明確性)
を考察して直接適用可能性の有無を判断。
●量刑不当の論旨について
関税法違反の事案における量刑において重視すべきは、保護すべき当該国内産業に対する侵害の程度であって、当該輸入貨物の内容・性質、量及び価格並びに当該輸入取引の内容等を総合考慮して判断するのが相当であり、
ほ脱額及びほ脱率は、保護すべき当該国内差b業に及ぼす影響の程度を示す指標として把握するのが相当。
判例時報2349
大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文)HP
真の再生のために(事業民事再生・個人再生・多重債務整理・自己破産)用HP(大阪のシンプラル法律事務所(弁護士川村真文))
| 固定リンク
「判例」カテゴリの記事
- 懲戒免職処分に先行する自宅待機の間の市職員の給料等請求権(肯定)(2023.05.29)
- 懲戒免職された地方公務員の退職手当不支給処分の取消請求(肯定)(2023.05.29)
- 警察の情報提供が国賠法1条1項に反し違法とされた事案(2023.05.28)
- 食道静脈瘤に対するEVLにおいて、鎮静剤であるミダゾラムの投与が問題となった事案 (過失あり)(2023.05.28)
- インプラント手術での過失(肯定事例)(2023.05.16)
「刑事」カテゴリの記事
- 詐欺未遂ほう助保護事件で少年を第一種少年院に送致・収容期間2年の事案(2023.05.07)
- 不正競争防止法2条1項10号の「技術的制限手段の効果を妨げる」の意味(2023.05.01)
- 保釈保証金の全額没収の事案(2023.04.02)
- 管轄移転の請求が訴訟を遅延する目的のみでされた⇒刑訴規則6条による訴訟手続停止の要否(否定)(2023.04.02)
- いわゆる特殊詐欺等の事案で、包括的共謀否定事例(2023.03.23)
コメント