いわゆるAIJ投資顧問年金資産消失事件で、信託契約の受託者による、信託財産に属する債権と信託財産に属さない債権との間の相殺(肯定)
東京地裁H28.11.25
<事案>
いわゆるAIJ投資顧問年金資産消失事件において、年金基金と信託契約を締結した信託銀行が、信託財産に属する破産者に対する損害賠償債権と、信託財産に属さない破産者の預金債権を相殺することの有効性の可否等が問題となった事案。
Xらはいずれも厚生年金の給付を行う厚生年金基金。
Xらを含む厚生年金基金は、弁護士Y1に対し、被害回復対応のための一切の件の処理を委任。
A信託銀行らは、裁判所に対し、(AIJが実質的に支配する)C証券や同社の社長であるDに対する破産開始の申立て⇒裁判所は、C証券及びDに対しする破産手続きを開始し、Y2を破産管財人に選任。
E信託銀行、F銀行は、多数の厚生年金基金から年金資産の受託を受けていたところ、その受託資産の一部をG信託銀行に再信託(E、F、Gを「3行」という。)。
3行は、AIJ問題により、本件ファンドに投資した信託財産について損害を受け、破産者であるC証券及び同Dに対する損害賠償請求権を取得。
⇒
それぞれ、信託財産に属する破産者C証券及び同Dに対する損害賠償請求権と信託財産に属しない破産者C証券及び同Dに対する預金債務とを対当額で相殺(「本件各相殺」)。
⇒
相殺に供された受働債権(3行の破産者C証券及びDに対する預金債権)は、Xらに対しては配当されなかった。
⇒
Xらは、本件各相殺は無効であり、Y1及びY2に対し、配当すべき金員が各厚生年金基金の被害額に応じて公平に分配されるようにする義務に違反していると主張。
<規定>
破産法 第67条(相殺権)
破産債権者は、破産手続開始の時において破産者に対して債務を負担するときは、破産手続によらないで、相殺をすることができる。
信託法 第31条(利益相反行為の制限)
受託者は、次に掲げる行為をしてはならない。
一 信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を固有財産に帰属させ、又は固有財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を信託財産に帰属させること。
二 信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を他の信託の信託財産に帰属させること。
三 第三者との間において信託財産のためにする行為であって、自己が当該第三者の代理人となって行うもの
四 信託財産に属する財産につき固有財産に属する財産のみをもって履行する責任を負う債務に係る債権を被担保債権とする担保権を設定することその他第三者との間において信託財産のためにする行為であって受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるもの
2 前項の規定にかかわらず、次のいずれかに該当するときは、同項各号に掲げる行為をすることができる。ただし、第二号に掲げる事由にあっては、同号に該当する場合でも当該行為をすることができない旨の信託行為の定めがあるときは、この限りでない。
一 信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき。
二 受託者が当該行為について重要な事実を開示して受益者の承認を得たとき。
三 相続その他の包括承継により信託財産に属する財産に係る権利が固有財産に帰属したとき。
四 受託者が当該行為をすることが信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合であって、受益者の利益を害しないことが明らかであるとき、又は当該行為の信託財産に与える影響、当該行為の目的及び態様、受託者の受益者との実質的な利害関係の状況その他の事情に照らして正当な理由があるとき。
<判断>
破産法67条を適用して相殺ができるかという点について、
一般に、信託財産に属する債権が成立する際に、信託財産に属しない債務との対立状態が生じた場合には、
受託者は、信託財産に属する債権を信託財産に属しない財務との相殺により、債権の回収をすることへの合理的な期待を有している。
信託法は平成18年に改正されたが、
同法22条1項は第三者が行う相殺について制限規定を置く一方で、受託者は、信託財産に属する債権を自働債権とし、信託財産に属しない債務を受働債権とする相殺を行うことを禁止する規定は置いていない。
⇒
かかる相殺の可否は、利益相反行為の制限など受託者の忠実義務に関する一般的な規定に委ねられている。
⇒
利益相反行為の例外に当たる場合には、かかる相殺は許されると解するのが相当。
本件各相殺により、信託財産が減少⇒受益者である厚生年金基金らと受託者である3行との間で利益相反が生じる。
but
本件のように、受託者により、信託財産に属さない固有財産から、信託財産へと補償がされる場合には、信託財産の減少を免れることができる
⇒
正当な理由があり、信託法31条2項4号により、利益相反行為としての制限を受けない。
破産法71条、72条の相殺禁止事由にも当たらない。
<解説>
本件の最大の争点は、信託契約の受託者が、信託財産に属する債権と信託財産に属しない債務との間で相殺することが許されるかという点。
相殺した後に信託財産に対し補償がされれば、信託財産にとってメリットがある
⇒
利益相反取引の例外の要件(新法31条2項)を満たしたうえで補償がされれば相殺してよい。(学説)
判例時報2350
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