老齢厚生年金について厚生年金保険法43条3項の規定による年金の額が改定されるために同項所定の期間を経過した時点での当該年金の受給権者であることの要否(必要)
最高裁H29.4.21
<事案>
Xが、厚生労働大臣から、厚生年金保険法(平成25年法律第63号による改正前のもの)附則8条の規定による老齢厚生年金について、法43条3項の規定による年金の額の改定(「退職改定」)がされないことを前提とする支給決定(「本件処分」)を受けた⇒Y(国)を相手に、その取消しを求めた。
<制度等>
法は、国民年金法等の一部を改正する法律による老齢厚生年金の支給開始年齢の引き上げ⇒65歳以後に所定の要件を満たした者に対して老齢厚生年金を支給するものとし、
その経過措置として、60歳以上65歳未満で所定の要件を満たした者に対しては特別支給の老齢厚生年金を支給することとしている。
特別支給の老齢厚生年金の受給権者が65歳に達したときは、その受給権(以下「基本権」ともいう。)が消滅し、他方、このうち法42条所定の要件を満たす者については、本来支給の老齢厚生年金の基本権が発生。
各老齢厚生年金の額は、大要、所定の額に被保険者期間の月数を乗じて算出された額とされるが、在職中であっても(すなわち、厚生年金保険の被保険者の資格を有していても)所定の要件を満たした者に対して老齢厚生年金が原則として支給される⇒
法43条2項は、受給権者がその権利を取得した月以後における被保険者であった期間はその計算の基礎としない旨を定めている一方、
同条3項は、「被保険者である受給権者がその被保険者の資格を喪失し、かつ、被保険者となることなくして被保険者の資格を喪失した日(「資格喪失日」)から起算して1月(「待機期間」)を経過したとき」との要件の下で、被保険者の資格を喪失した月前における被保険者期間を老齢厚生年金の計算の基礎とするものとし、待期期間を経過した日の属する月から、年金の額を改定する旨を定めている(退職改定)。
<事実と争点>
平成19年9月に社会保険庁長官の最低を受けた特別支給の老齢厚生年金の受給権者であるXは、平成23年8月30日、勤務先を退職し、翌31日、被保険者の資格を喪失したが、1箇月の待期期間を経過する前の同年9月17日に65歳に達して特別支給の老齢厚生年金の最終月分である平成23年9月分につき、そのことを理由として退職改定がされないことを前提とする本件処分をした。
⇒
このような場合においても退職改定がされるべきか否かが争われた。
<一審・原審>
①法43条3項の「被保険者である受給権者」という文言は、その文理上、第2要件の主語として定められたものとは解せないこと
②退職改定制度の導入経緯や待期期間が設けられた趣旨⇒待期期間の経過時点で受給者である必要性は導かれないこと
③特別支給の老齢厚生年金から本来支給の老齢厚生年金への移行に関する制度設計の解釈や老齢厚生年金と拠出された保険料との対価関係等
⇒
退職改定の要件としては待期期間経過時に受給権者であることを要しないと解するのが相当である。
⇒
平成23年9月分の特別支給の老齢厚生年金の額については退職改定がされるべきであるから、本件処分は違法であるとして、Xの請求を認容すべきものとした。
<判断>
原判決を破棄し、第1審判決を取り消してXの請求を棄却。
厚生年金保険法附則8条の規定による老齢厚生年金について厚生年金保険法(平成24年法律第63号により改正前のもの)43条3項の規定による年金の額の改定がされるためには、被保険者である当該年金の受給権者が、その被保険者の資格を喪失し、かつ、被保険者となることなくして被保険者の資格を喪失した日から起算して1月を経過した時点においても、当該年金の受給権者であることを要する。
<解説>
●本判決は、待期期間経過時に受給権者であることを要する必要説に立つことを明らかにした。
●法43条3項の文言との関係
①法43条3項の要件を定めた部分は、全体として1つの条件を定めたもの(特に、第2要件の「被保険者となることなくして」の主語は、同項の文言からは第1要件の「受給権者」とみるほかない。)
②原判決のように同項の要件部分を「かつ」の前後で分けてよななければならない実質的根拠が見当たらない
⇒
同項の文言は必要説を前提としたものと理解するのが相当。
同項が退職改定の対象となる者を「被保険者である受給権者」と定めている
⇒必要説が「文理に沿う解釈」。
●必要説を相当とする実質的論拠
法における基本権及び支分権に関する理解。
基本権は、支給要件に該当したときに発生するが、受給権者の請求に基づく厚生労働大臣の裁定において基本権の要素(年金の種類、基本権の取得日、年金額等)を確認されて初めて年金の支給が可能になるものであり(最高裁H7.11.7)、
他方、支分権は、裁定に係る基本権を前提として、各月の到来によって法律上当然に発生し、以後、基本権とは別個独立に存続すると理解される。
法43条3項の退職改定の効力に関する定め(①「その被保険者の資格を喪失した月前における被保険者期間を老齢厚生年金の額の計算の基礎とするものとし」②「待期期間を経過した日の属する月から、年金の額を改定する」との定め)は、
老齢厚生年金の基本権の基本権に係る年金の額を改定することにより(①)、
支分権の額も(既に発生したものを含めて)当該改定後の基本権を前提としたものに改定すること(②)
としたものと解される
⇒
法43条3項は、退職改定がされる待期期間の経過時点においても当該年金の基本権が存することを予定していると考られる。
判例時報2340
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