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2017年9月25日 (月)

精神保健指定医の指定取消処分が争われた事例

東京地裁H28.8.30      
 
<事案>
精神保健指定の指定を受け、A大学病院に神経精神科の医長として勤務していた医師である原告が、本件病院に勤務する医師が指定医の指定の申請に際して提出した虚偽の内容の書面に確認の証明文を付す指導医として署名

処分行政庁から、平成27年6月19日付で指定医の指定の取消処分を受けるとともに、
同年10月1日付で、同月15日から同年12月14日までの期間医業の停止を命ずる処分を受けた

処分行政庁の所属する国を被告として、本件指定取消処分及び本件医業停止処分がいずれも処分要件を充足せず、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用してされた違法なものであり、手続上も違法

前記各処分の取消しを求めるとともに、国賠法1条1項に基づき、前記各処分につきそれぞれ100万円の損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた。 
 
<争点>
①本件指定取消処分該当性の有無及び処分選択の適否
②本件指定取消処分の手続上の違法事由の有無
③本件医業停止処分の取消しを求める訴えの利益の有無
④本件医業停止処分の処分事該当性の有無及び処分選択の適否
⑤本件医業停止処分の手続上の違法事由の有無
 
<判断>
●争点①について
指定医の申請者への指導、ケースレポートの内容の確認が、精神保健及び精神障碍者福祉に関する法律(「精神福祉法」)19条の2の定める「職務」に当たる。

同項の「その職務に関し著しく不当な行為を行ったときその他指定医として著しく不適当と認められるとき」に該当するか否か、指定の取消し又は職務の停止のいずれの処分を選択するかは、法令上具体的な基準が定められていない


厚生労働大臣の合理的裁量に委ねられている

原告が、ケースレポートを作成する申請者に対する指導・確認を怠ったことに基づき、精神保健医としての指定を取り消したことは適法。
 
●争点②について 
聴聞の通知を受けた医師が聴聞の期日までの間に本件病院の他の医師ら等の関係者と通謀して証拠隠滅工作等を行う可能性を想定し、本件聴聞期日の2日前に同送付書を送付したことには合理的な理由があった
⇒手続的違法はない。
 
●争点③について 
処分を受けたことを理由とする不利益な取扱いを定める法令の規定がある場合に、当該者が将来において前記の不利益な取扱いの対象となる規定があるときは訴えの利益があるが、
処分を受けることを理由とする将来の処分における情状として事実上考慮される可能性があるにとどまる時は、法律上の利益があるとはいえない
⇒本件訴えは訴えの利益がなく、不適法。
 
●争点④について 
医師法7条2項の規定は、医師に同項の引用する同法4条各号の欠格事由があった場合に、厚生労働大臣が、当該医師に対し、医師免許の取消し、3年以内の医業の停止又は戒告の処分をすることができる旨を定めているところ、いかなる処分をなすかは厚生労働大臣の合理的裁量に委ねられている

原告が、ケースレポートを作成する申請者に対する指導・確認を怠ったことについて、2か月間の医業停止処分をしたことは適法。
 
●争点⑤について 
理由提示、弁明の機会の付与について手続上の違法はない。
 
<解説> 
●争点①について
精神福祉法19条の2第2項は、指定医の指定の取消し又は職務の停止に係る処分事由として、
「その職務に関し著しく不当な行為を行ったときその他指定医として著しく不適当と認められるとき」を挙げている。

平成11年の改正により、指定の取消しに加えて、期間を定めてその職務の停止を命ずることができるという規定が設けられたもの。
 
厚生労働大臣がその裁量権の行使としてした処分は、それが社会観念上著しく妥当性を欠いており、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認められる場合でなければ違法とはならない(最高裁昭和63.7.1)。
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平成9年6月27日の公衆衛生審議会精神保健福祉部会における「精神保健指定医の取消しについて」という資料では、
職務に関し著しく不当な行為を行ったときの例として、
主として患者の人権侵害があった場合を挙げており、行政規則の裁量基準に準じた位置づけを有していた可能性がある。

申請者がケースレポートを作成する際の指導・確認を原告が怠ったことについて、職務の停止ではなく、指定の取消しをしたことは、比例原則に照らし、やや重すぎるのではないか(いったん保険医の指定を取り消されると、5年間は再登録ができないという事情があるようである。)との見解もあり得る。
 
●争点②について 
行政手続法の定める聴聞手続(同法13条)は、処分の公正の確保と処分に至る行政手続の透明性の向上を図り、当該処分の名宛人となるべき者の権利利益の保護を図る観点から、処分の原因となる事実について、その名宛人となるべき者に対して防御の機会を保障する趣旨のもの。

同法15条1項にいう聴聞の通知から期日までの「相当な期間」は、不利益処分の内容や性質に照らして、その名宛人となるべき者が防御の機会を準備するのに必要な期間とみるのが相当であり、
同項1号及び2号所定の通知事項である「予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項」及び「不利益処分の原因となる事実」については、不利益処分の名宛人となるべき者にとって、その者の防御権の行使を妨げない程度に、行政庁がどのような事実を把握しているかを認識できる程度の具体性をもって具体的事実が記載されていることが必要

本判決は、防御の機会を与え、審議を尽くす利益よりも、証拠隠滅の防止の利益の方が優先するとし、聴聞会の2日前に通知書を発し前日に届いた措置を適法とした。
~証拠状況によっては、異なる判断もあり得たであろうし、異論もあり得る。
 
●争点③について 
処分の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった場合には、当該処分を受けた者がその取消しを求める訴えの利益は失われるのが原則。
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当該者がその場合においてもなお処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するときは、その取消しを求める訴えの利益は失われない(行訴法9条1項括弧書き)。
そして、処分を受けたことを理由とする不利益な取扱いを定める法令の規定がある場合に、当該者が将来において前記の不利益な取扱いの対象となる規定があるときは訴えの利益がある
but
処分を受けることを理由とする将来の処分における情状として事実上考慮される可能性があるにとどまる時は、法律上の利益があるとはいえない(最高裁昭和55.11.25)。

精神福祉法19条の2第1項が
「指定医がその医師免許を取り消され、又は期間を定めて医業の停止を命ぜられたときは、厚生労働大臣は、その指定を取り消さなければならない」としている。

医業の停止が保険医の指定の取消事由になることが法定されている以上、処分を受けたことを理由とする不利益な取扱いを定める法令の規定がある場合に当たる可能性がありえる。
本件で、保険医の指定の取消しは医業の停止よりも前になされているため、直接の処分理由とはされていないが、不利益な取扱いを定める法令の規定自体は存在すると考えることも可能

判例時報2337

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