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2017年9月24日 (日)

騒音を理由とする自衛隊航空機の運航差止訴訟

最高裁H28.12.8      
 
<事案>
海上自衛隊及びアメリカ合衆国海軍が使用する厚木海軍飛行場の周辺に居住するXらが、自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊の使用する航空機の発する騒音により精神的及び身体的被害を受けている

国を相手方として、行政事件訴訟法に基づき
主位的には、厚木基地における毎日午後8時から午前8時までの間の運航等に係る差止め
予備的には、これらの運行による一定の騒音をXらの居住地に到達させないこと等を求めた事案。

予備的請求に係る訴えは、主位的請求に係る訴えと実質的に同内容のものを公法上の当事者訴訟の形式に引き直して提起。
 
<経緯>
厚木基地の周辺住民は、これまでも本件飛行場からの騒音被害を理由として、自衛隊機の運行差止め等を求める訴えを提起していたが、これらはいずれも民事訴訟として提起。

最高裁H5.2.25:
民事上の請求として自衛隊機の離着陸等の差止め及び自衛隊機の騒音の規制を求める訴えについて、
このような請求は、必然的に防衛庁長官に委ねられた自衛隊機の運航に関する権限の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含

行政訴訟としてどのような要件の下にどのような請求をすることができるかはともかくとして、(民事上の訴えとしては)不適法である旨を判示。 
 
<1審>
●自衛隊機運航差止請求に係る訴えについて:
法定抗告訴訟としての差止めの訴え(行訴訟3条7項、37条の4)にはなじまないが、
無名抗告訴訟(抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されていないもの)として適法。 

防衛大臣は、毎日午後10時から午前6時まで、やむを得ないと認める場合を除き、自衛隊機を運航させてはならないとする限度で一部認容。
(予備的請求に係る訴えについては、いずれも不適法であるとして却下。)

●米軍機運航差止請求に係る訴えについて:
本件飛行場の使用許可という存在しない行政処分の差止めを求めるもの⇒不適法で却下。
予備的請求については、これを棄却し又は訴えを却下。
 
<原審>
●自衛隊機運航差止請求に係る訴えについて:
法定広告訴訟としての差止めの訴えの訴訟要件である「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる。
防衛大臣は、平成28年12月31日までの間、やむを得ない事由に基づく場合を除き、本件飛行場において、毎日午後10時から午前6時まで、自衛隊機を運航させてはならないとする限度で一部認容すべきものと判断。
(予備的請求に係る訴えについては、いずれも不適法であるとして却下。)
 
● 米軍機運航差止請求に係る訴えについては、一審と同旨。
 
<判断>
原判決中、自衛隊機運航差止請求に係る国の敗訴部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消してXらの前記請求をいずれも棄却。
(予備的請求に係る訴えのうち、原判決に前記請求の認容部分と予備的併合の関係にある部分は、いずれも不適法であるとして却下。)

米軍機に係る請求に関するXらの上告について、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除⇒これを棄却。
 
<規定>
行訴法 第3条(抗告訴訟)
7 この法律において「差止めの訴え」とは、行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟をいう。

行訴法 第37条の4(差止めの訴えの要件)
差止めの訴えは、一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り、提起することができる。ただし、その損害を避けるため他に適当な方法があるときは、この限りでない。

5 差止めの訴えが第一項及び第三項に規定する要件に該当する場合において、その差止めの訴えに係る処分又は裁決につき、行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるときは、裁判所は、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずる判決をする。
 
<解説>
行訴法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件
行訴法の平成16年改正⇒法定抗告訴訟の新たな類型として創設された差止めの訴え(行訴法3条7項、37条の4)
~処分又は裁決がされることにより「重大な損害が生ずるおそれがある場合に限り」提起することができるものとされている(行訴法37条の4第1項)。

差止めの訴えは、取消訴訟と異なり、処分等がされる前に、行政庁がその処分等をしてはならない旨を裁判所が命ずることを求める事前救済のための訴訟

そのための要件は
国民の権利利益の実効的な救済の観点を考慮するとともに、
司法と行政の役割分担の在り方を踏まえた適切なものとする必要

事前救済を求めるにふさわしい救済の必要性がある場合に限り認めるのが適当。

「重大な損害を生ずるおそれ」があるの要件の判断基準
最高裁H24.2.9:
処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、
処分がされた後に取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができものではなく
処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なもの
であることを要する。

差止めの訴えの制度創設の趣旨に沿って、事後救済の争訟方法との関係を踏まえ、差止めの訴えの適法性を基礎付ける事前救済の必要性の有無を判定する上での一般的な判断基準を示したもの。

本判決:
①本件飛行場の航空機騒音による被害の性質及び程度
②そのような被害を反復継続的に受け、蓄積していくおそれがあることによる損害の回復の困難の程度等

Xらに生ずるおそれのある損害は、事後の方法により容易に救済を受けることができるものとはいえない。

自衛隊機の運行の内容、性質を勘案しても、Xらの自衛隊機運航差止請求に係る訴えは、「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件を満たす

●行訴法37条の4第5項の差止めの訴えの本案要件について

行訴法37条の4第5項は、
裁量処分に関しては、行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに差止めを命ずる旨を定める

個々の事案ごとの具体的な事実関係の下で、当該処分をすることが当該行政庁の裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることを差止めの本案要件とするもの。

行政裁量に対する司法審査に当たっては、法が処分を行政庁の裁量に委ねるものとした趣旨、目的、範囲は一様ではない⇒これに応じて裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法とされる場合もそれぞれ異なる⇒当該処分ごとに検討すべき。

本判決:
自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使の内容や性質等について検討。
前記権限の行使が裁量権の範囲を超え又はその濫用と認められるか否かについては、それが防衛大臣に委ねられた広範な裁量権の行使としてされることを前提として、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められるか否かという観点から審査を行うのが相当。
その検討に当たっては、当該飛行場において継続してきた自衛隊機の運航やそれによる騒音被害等に係る事実関係を踏まえた上で、当該飛行場における自衛隊機の運航の目的等に照らした公共性や公益性の有無及び程度、前記の自衛隊機の運航による騒音により周辺住民に生ずる被害の性質及び程度、当該被害を軽減するための措置の有無や内容等を総合考慮すべきものである。
前記権限の行使に関する防衛大臣の裁量が広範なものである。

防衛大臣は、我が国の防衛や公共の秩序の維持等の自衛隊に課せられた任務を確実かつ効率的に得遂行するため、自衛隊機の運航に係る権限を行使するものと認められるところ、
その権限の行使に当たっては、わが国の平和と安全、国民の生命、身体、財産等の保護に関わる内外の情勢、自衛隊機の運航の目的及び必要性の程度、同運航により周辺住民にもたらされる騒音による被害の性質及び程度等の諸般の事情を総合考慮してなされるべき高度の政策的、専門技術的な判断を要することが明らか。

前記の裁量審査に当たっては、自衛隊機の運航の公共性や公益性の有無及び程度のみならず、その騒音により周辺住民に生ずる被害の性質及び程度、被害軽減措置の有無や内容等についても総合考慮すべきもの。

自衛隊機の運航にはその性質上必然的に騒音の発生を伴うところ、自衛隊法107条1項及び4項は、航空機の運航の安全又は航空機の航行に起因する障害の防止を図るための航空法の規定の適用を大幅に除外しつつ、同条5項において、防衛大臣は航空機による災害を防止し、公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならない旨を定めていることなど、自衛隊機の運航の特殊性及びこれを踏まえた関係法令の規定の趣旨を考慮。

本件飛行場において継続してきた自衛隊機の運航やそれによる騒音被害等に係る事実関係

①前記運航には高度の公共性、公益性があるものと認められる
②Xらに生ずる被害は軽視できないものの、これらの被害の軽減のため、自衛隊機の運航に係る自主規制や周辺対策事業の実施など相応の対策措置が講じられていること
等の事情を総合考慮

本件飛行場において、将来にわたり前記運航が行われることが、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認めることは困難

原判決とは異なり、前記権限行使がその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに当たるということはできない

Xらが、本件訴えと並行して、国に対し、本件飛行場の航空機騒音につき国賠法2条1項に基づく損害賠償を求める民事訴訟を提起し、同民事訴訟においては、Xらの損害賠償請求が一部に認容。
 
●小池裁判官の補足意見: 
「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件判断について、
自衛隊機の離着陸に係る運航を行政処分と捉えると、離着陸に伴い処分が完結
⇒事後的に取消訴訟等による救済を得る余地は認め難い。

自衛隊機運航請求に係る本案要件の有無について:
①自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使は、あらかじめ一定の必要性、緊急性等に関する事由によって判断の範囲等を客観的に限定することが困難な性質を有し、防衛大臣の広範な裁量に委ねられている
②自衛隊の任務を遂行する中で、前記権限行使によって国民全体に関わる利益を守ることと騒音被害の発生という不利益を回避することは、その対応と調整に困難を伴う事柄であり、具体的な対応については、関連する状況の内容、程度等に応じて様々な態様をとるべきものであること
③前記の2つの要請が作用する中で、本件飛行場において相応の被害軽減措置を講じつつ自衛隊機を運航する行為が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものと認めることは困難であること
を指摘。

判例時報2337

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