予備的訴因追加を許可した原審の訴訟手続に法令違反はないが、認定において過失が否定され無罪された事例
高松高裁H28.7.21
<事案>
被告人運転の普通乗用自動車が民家のブロック塀に衝突し、同乗していた夫が死亡。
検察官:
起訴状において、被告人が、
「ブレーキペダルと間違えて不用意にアクセルペダルを踏み込んだ過失」と主張
原審弁護人及び被告人:
約750メートル手前から被告人車両のフットブレーキが利かなくなったため衝突に至ったとして過失を争った。
原審検察官は、起訴から約2年後の原審最終時に、
「自車の制動機能が悪化してブレーキペダルを踏み込んでも制動効果が得られない状態にあったから、サイドブレーキを掛けるなどして自車を停止させて運転を中止すべき注意義務に反して運転を継続した過失」とする予備的訴因の追加を請求。
⇒
原審弁護人は損変更の不許可を求めたが、原審裁判所はこれを許可し、追加訴因に関して被告人質問を行った後、直ちに結審。
<原審>
被告人車両にペーパーロック現象(ブレーキディスク等が高温となってブレーキ液が沸騰して気泡が発生し、それがブレーキパイプ等に入ることで、ブレーキの制動圧力が伝わらなくなる現象)が生じていた可能性は排除できない⇒フットブレーキが利かなくなったという被告人供述を排斥することができない⇒本位的訴因の過失を否定。
適切にサイドブレーキをかけるなどの対処法をとっていれば、衝突地点までに停止させることは可能であった⇒予備的訴因の過失を認め、有罪。
<判断>
●訴訟手続きの法令違反
本件予備的訴因の追加請求は、起訴から2年後の原審の弁論終結直前になされたものであり、予備的訴因に係る争点は従前の攻撃防御の成果を利用できないもの。
but
①審理が長期化した点はやむを得ない面があった
②予備的訴因の内容自体は予想されたものであった
③検察官が新たな立証を求めず、審理の長期化を招いていない
⇒
同追加請求が著しく時機に後れ、また検察官の訴訟上の権利の濫用に当たる違法なものであるとはいえないとして、これを許可した原審の訴訟手続は違法ではない。
●事実誤認の論旨
①サイドブレーキを掛ける操作操作によって停止し得たかについて十分な証明がない、
②フットブレーキが利かなくなった状態で、そのような操作を義務付けることができるかについても証明がない
③「サイドブレーキを掛けるなどして」と認定しているが、サイドブレーキ以外の具体的な方法は示されていない
⇒
予備的訴因の過失を認めた原判決には事実誤認がある。
原判決の認定:
フットブレーキが利かなくなった場合には、サイドブレーキなどで制動を試みるべきであるという常識的な判断と、予備的訴因の追加前に証言した検察権請求の専門家証人が、サイドブレーキを引くことによって停止させると証言したことに基づくもの。
①サイドブレーキによるによる制動機能の程度は常識レベルで判断できることではなく、同証人の停止可能であるという証言も、フットブレーキに異常はなかったという証言に加えて、簡単に答えたものにすぎず、証拠価値が吟味されていない。
②同証人は、サイドブレーキをぎゅっと引くとスピンをする可能性があるので、余裕があれば、少しずつ引くのがよいと証言しているが、それによれば、単純に、自損事故の危険を冒しても、一挙にサイドブレーキを掛けるべきであるという注意義務を課すことはできないし、被告人の供述等に照らせば、少しずつ引くような余裕のある状況であったかについても疑問がある。
⇒
原判決の認定は論理則、経験則等に反するものである。
本判決は、フットブレーキが突然利かなくなったという緊急事態において、一般の自動車運転者にどの程度の結果回避義務を課すことができるのかについても、検討すべき課題がある。
本位的訴因についての原判断を支持。
⇒
いずれについても犯罪の証明がないとし、無罪。
●最後に差戻しの要否を検討し、
①原審検察官は、予備的訴因の追加後に何らの証拠調べも請求しておらず、
②予備的訴因の追加及び立証について十分に検討する機会があった
⇒
更に被告人に手続的な負担を負わせて、証拠調べをする必要はないとして、無罪の自判をしている。
<解説>
●第一審又は控訴審における訴因変更請求が当該審級において訴訟上の権利の濫用等の理由で不許可とされた事例や、第1審における不許可を是認した事例はあるが、原審における訴因変更の許可を違法とした高裁及び最高裁判例は見当たらない。
訴因変更の請求については、公訴事実の同一性がある限り許可すべき(刑訴法312条1項)とされており、被告人の防御に実質的な不利益を生ずる虞がある場合は、必要な期間公判手続を停止することとされている(同条4項)。
⇒
第一審裁判所における訴因変更の許可が訴訟手続の法令違反とされる場合は相当に限られる。
●本件のように、単純一罪の事実に関する本位的・予備的訴因について攻防対象論が問題となった事案につき、最高裁H1.5.1は、同一の被害者に対する同一の交通事故に係る業務上過失傷害事件で本位的訴因と予備的訴因が構成された場合において、予備的訴因を認定した第一審判決に対し被告人のみが控訴したからといって、検察官が本位的訴因の訴訟追行を断念して、本位的訴因が当事者間の攻撃防御の対象から外れたとみる余地はない。
最高裁H25.3.5:
本位的訴因とされた賭博開帳図利の共同正犯は認定できないが、予備的訴因とされた同幇助犯は認定できるとした第一審判決に対し、検察官が控訴の申立てをしなかった場合に、控訴審が職権により本位的訴因について調査を加えて有罪の自判をすることは、職権の発動として許される限度を超え、違法である。
最高裁調査官解説:
最高裁25年決定は、第一審判決に対して検察官が控訴の申立てをしなかった時点で、「検察官が本位的訴因の訴訟追行を断念したとみるべきかどうか」という観点から本位的訴因が当事者間の攻撃防御の対象から外れるかどうかを判断しているようにうかがえる。
平成元年については、過失の態様についての証拠関係上、本位的訴因と予備的訴因が構成され、訴因構成に当たって検察官の訴追裁量が働く場面ではないから、検察官が控訴しなかったとしても、本位的訴因の訴訟追行を断念したとみつことはできないと分析。
大阪高裁H16.10.15:
窃盗の本位的訴因を認めず、盗品等保管の予備的訴因を認めた第一審判決に対し、被告人のみが控訴した事案において、予備的訴因の認定を事実誤認として原判決を破棄した上、自判するに当たり本位的訴因も判断の対象となるとして、同訴因により有罪としている。
判例時報2335
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